大叔母(1)





桂にとって家庭と言う言葉は全く意味がなかった。


小さな頃は大叔母の久美子くみこの元で育った。

その時は優しくしてもらった覚えがある。


だが小学一年生から全寮制の寄宿学校に入った。

いわゆる英才教育、帝王学を学ぶ学校だ。


同い年の子どもは何人もいる。

だからそれが普通だと思っていた。

そして長期休暇には友人は自宅に帰るが、自分は学校長の家に行く。


そういう習いになっていたので小さな頃は何も感じていなかった。

だが13歳の時だ。

同級生が言った。


「お前の親は一度も学校に来ないな。」


その同級生はニヤニヤしながら階段の上から彼に言った。


どちらかと言えば桂は大人しくぼんやりしているタイプだった。

だがそれを聞いた途端頭に血が上った。


そんなことは初めてだった。

だが、それは彼自身がずっと感じていた疑問であったのは確かなのだ。

それを他人から嘲笑されるように指摘されては。


彼はかっとなりその同級生にとびかかった。

階段の下から上まで一気に飛び上がる。


その時初めて彼の異常な運動能力が認められた。

その後の検査で動体視力も極めて能力が高かった。


軽傷ではあったが同級生には怪我をさせた。

だが、それは不問となる。

そしていつの間にかその同級生は転校していた。


そして何事もなかったように学校生活は続く。

だが桂の中にはその事実がいつまでもくすぶっていた。


彼は荒れ始めた。

人に訳もなく喧嘩を売る。怒りに任せて物を壊す。

今まで大人しかった彼が嵐のように暴れまわった。

しかも運動能力が半端ではない。

誰も止められないのだ。


だがそれでも親はやって来ない。

退学にもならない。


それが半年ほど続いた頃か。


久美子が病気になったらしい。

彼は彼女が入院している病院に呼ばれた。


それは彼には物心がついてから学校長の自宅に行く以外の

初めてと言える外出だった。


まるでホテルのような豪華な病室に久美子はいた。

すっかり痩せて椅子に座っていた。


「桂、久し振りね。」


大叔母は微笑んだ。


すっかり小さくなってしまった彼女を見て彼はショックを受けた。

何を言って良いのか分からなかった。


「こちらにおいでなさい。」


彼は素直に彼女のそばに座った。


「ねぇ、桂、私を見てどんな事になっているか分かるわよね。」


桂は彼女をちらりと見て頷いた。


「学校の事は聞いてるわ。」


桂ははっと顔を上げる。


「く、久美子おばさん、俺……。」

「良いのよ、あなたは全然悪くないわ。悪いのは私達よ。」


彼女はため息をついた。


「みんなはね、あなたを呼ぶなと言ったの。

でも私は無理矢理に呼んだのよ。どうしてか分かる?」


久美子はじっと桂を見た。


「これから本当の事を全部教えてあげる。」


久美子の眼はぎらぎらと光っていた。

何かを彼に告げるのだ。

桂は息を飲んだ。








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