映画俳優(1)





しばらくして浦木は帰って行った。


「今日の話は紹介所にも全部内密に。」


と桂が言うと浦木は頷いた。


「ミツキ、上出来だったぞ。上手い事やったな。」

「上手い事、じゃないよ、本当の気持ちだった。」


ミツキが不機嫌そうに答えた。


「あー、すまん、酔いが回っているな。

お前にとっては懐かしい人だったな。」


桂が頭を掻きながら言った。

ミツキは彼を見た。

酔っているせいかいつもより少しばかり態度が柔らかい。


「あんたさ、なんでこのマンション持ってるの?」


ミツキは素早く浦木が持って来た材料の残りでつまみを作りながら、

彼にワインの残りを勧めた。

桂には何かしらの曰くがあるとミツキは考えていた。

今なら何か言うかも知れない。


「ああ、ここは俺のものだけど買ったのは俺の親父と言うか、

親と言うか。」

「お父さん?生きてるの?」

「いや、もう死んだよ。俺が生まれる前に死んだ。」

「え?お母さんのお腹にいる時に?」

「うーん、なんと言うか。」


彼はつまみを食べる。


「美味いなあ、これ。お前ほんと料理上手いな。」


結構酔っているのだろう。

桂の口は軽い。


「俺はクローンなんだ。」


ミツキははっとする。

クローンと言う技術があるのはテレビなどで知っている。

だがそのクローンが目の前の桂とは信じられなかった。

彼は普通の人に見える。


「しかもデザイナークローンベビーなんだよ。」

「デザイナークローンベビー?」

「そう、遺伝子を操作して特殊な能力を特化した赤ん坊。

おれの場合、運動能力と動体視力が結構すごい。」


ミツキはそのような話は聞いた事は無かった。

だが、何となく危険な事のように思えた。


「それって絶対にやっちゃいけない話なんじゃないの?」

「そうだよ、だから今は禁止されているが、

俺は今25歳だから生まれた頃は法律が無くて

俺の遺伝的父親はそれをやったんだよ。」


桂はワインをぐっと飲み干す。


「俺は会った事は無いんだが、

俺の親父は大金持ちのアクション映画俳優でな、

寄る年波に恐れをなして俺の体を作った。

俺がそれなりに大きくなったら記憶を移して

また銀幕に戻るつもりだったんだろう。

要するに親父の体のスペアだ。

でも俺が生まれる寸前に事故で亡くなったんだよ。」

「スペア……。」

「まあ要するにクローンの『原体』に遺伝情報を入れたんだ。

そこに情報と記憶を移すとその本人になる、らしい。

だからこのマンションは親父のものだが俺はそのクローンだからな、

指紋認証でも問題ない。」


ミツキにとってはとてつもない話だ。


「記憶を移すとかそれもやっちゃダメなんじゃないの?」

「そう、それも今は特別なこと以外はダメだ。

危ない仕事をしている人とか医療的なものは別だけどな。

だが闇でやる人間はいくらでもいる。

俺が生まれた頃はクローンは0歳から育てるしかなかったが、

今は原体は40歳ぐらいまで用意されているし、

遺伝情報を原体に入れて3ヶ月ぐらいで遺伝子提供者の体になる。

そして記憶を入れれば本人が出来上がりだ。」


ミツキはため息をついた。


「一種の不老不死じゃない。

金持ちはそこまでして長生きしたいの?」

「そうなんだろうな。

俺自身がクローンだからあまり言いたくないが、

気持ち悪い考えだと思う。

……おい、水くれ。」


どうも桂は飲みすぎたようだ。

頭がグラグラとしている。ミツキは慌てて水を差しだした。


「俺は寝る。」


と言った途端彼はソファーに横になった。


「ねえ、あんたの親と言う人は誰?」

「テレビの辺りにディスクがある……。」


桂はむにゃむにゃと返事をしてあっという間に眠りについた。


ミツキはそれを見るとクローゼットに向かい毛布を探した。

戻ると彼はもうしっかり寝息を立てている。

ミツキは彼に毛布を掛けると辺りを片付けた。


彼は眼鏡をかけたまま眠っていた。

彼女はそれを外す。


「あれ、これただのガラスじゃん。」


ミツキはその眼鏡をかけてみる。

度は全く入っていない伊達眼鏡だった。


ミツキは眠っている桂を見た。

眼鏡をはずした顔は全く印象が違った。


彼女は眼鏡をそばに置き、テレビに向かった。

そこには一昔前のディスクが沢山あった。

そのジャケットをミツキは見て読んでいく。


「沸き立つ大嵐、地平の槍、サポート探偵、

うーんタイトルがB級っぽいね。

ああ、この映画のタイトルは知ってる。有名だ。」


そのディスクを取り出し彼女はセットした。

そして映画が始まる。

確かにその中に桂にそっくりの男性俳優が出ていた。


「でも、なんだか違う。」


よく似ている。

本人だと言えばそう見えるだろう。


だが、彼女にはよく似た別人に見えた。

映画俳優でメイクをしているからかもしれないが、

自分のすぐそばで鼾をかいて寝ている男は、

ぶっきらぼうだが困っている自分を放り出す事は無い

現実にいる男だからだ。








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