ホットケーキ(3)





浦木うらき芳江よしえは時間通りにやって来た。


「浦木芳江と申します。

今日はお呼びいただいてありがとうございました。」


彼女は初老の女性だった。

数本のワインと食材を持って来ていた。


「申し訳ない、帰国してすぐだったので何もなくて。」


椅子に座っている桂が言う。

ミツキは彼女を見た。


その人は確かに知っている人だった。

ミツキは泣きそうになった。

その感情は5歳までの記憶の麻衣のものだろう。


だが、相手はミツキである自分の事は全く知らない。

いきなり泣いてはおかしく思われるだろう。

ミツキは両手を握り締めてぐっと我慢をした。

泣くことを耐えるのには慣れていた。


「いえいえ、構いませんよ、食器は揃っているようですし、

食材などこちらで自由に選んでよいと言う話でしたので、

楽しかったですよ。」


浦木は彼を見てにっこりと笑う。


「外食をしようと言ったのですが、

妹の麻衣が嫌だと言うのでね、我儘な妹で。」


ミツキがぎろりと桂を見た。


「麻衣さんとおっしゃるのね。

可愛い名前だわ。」


ミツキははっとした顔をして浦木を見た。


「あの、ありがとうございます。お願いします。」


浦木はにっこりと笑って小さな花束をテーブルに飾った。


「花だ。」


ミツキが言った。


「お誕生日でしょ?お花がないと。」


感じの良い女性だ。

桂は部屋に音楽を流す。

そして浦木がテーブルセッティングを始めた。


「あの、手伝います。」


ミツキが手を出した。


「あら、こちらのお仕事ですからそのままで全く構いませんよ。」

「落ち着かなくて。教えて欲しい。」


浦木が微笑む。


「ありがとう、ならこのように並べてくれる?」


浦木が料理を始めた。


ミツキは再び座ったがどうしても彼女が気になって仕方なかった。

桂は彼女が用意したワインを飲んでいる。


「気になるのか?」

「うん、そばに行きたい。」

「そうか。」


桂は立ち上がり台所に行った。


「浦木さん、ご迷惑でなければ麻衣にも手伝わせてやってくれませんか。」

「えっ。」


浦木がミツキを見る。


「妹は料理を作るのが好きで

浦木さんがどのように作るのか見たいそうで。」

「まあ。」


ミツキが桂の肩越しで何度も頷く。


「全然構いませんよ。可愛らしい妹さんね。」


ミツキはすぐに浦木のそばに来た。

偽の誕生会は二人の女が和やかにしゃべりながら料理を作り、

そして皆で食べて思った以上に楽しく進んだ。


「私まで頂いてしまって申し訳ないわ。」


浦木が申し訳なさげに言う。


「いえいえ、こちらも楽しかったですよ。

ワインもなかなかのものだったし。」


桂は上機嫌で答えた。


「そろそろデザートですね、何がよろしいですか。」


浦木が二人に言うと桂がミツキに目配せをした。

彼女は彼に話した事を思い出した。


そしてミツキが言った。


「あのホットケーキ……、

3つ重ねてメープルシロップで。

うらちゃんが昔作っていたもの……。」


浦木が息を飲んだ。

そしてしみじみとミツキを見て、

その眼から涙がぽろぽろと流れ出した。


「まさか思ったけど麻衣ちゃん?全然見た目が違うけど……。」

「浦木さん。」


桂が言う。


「信じてもらえないかもしれませんが、

この麻衣、本当はミツキというのですが

未戸田麻衣さんの記憶があるのです。」


浦木が複雑な顔をする。

ミツキは彼女の顔を見ながら涙をこらえて頷いた。


「ミツキさん?麻衣ちゃんじゃないの?

記憶って、どういう事?詐欺じゃないわよね?」


浦木はうろたえた。


「詐欺ではありません。

まだ良く分からないのですが、

このミツキに麻衣さんの記憶があるのです。

今それを調べている最中で、

記憶の中で浦木さんの名前が出たので今日来ていただきました。」

「いまだに信じられない。

でも私は麻衣ちゃんにホットケーキを何度も作ったのよ。

3段が良いって何度もせがまれたの。

それは私と麻衣ちゃんしか知らない。それにうらちゃん、って。」


浦木が顔を押さえてわっと泣き出した。









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