ホットケーキ(2)
20分程歩いて着いた先は街の中心部に近い高級マンションだった。
「でかいマンション……。」
ミツキはぽかんとした顔で上を見上げた。
「俺の家だよ。」
桂が入り口の認証システムに右手を当てると
扉はあっさりと開いた。
ボロ自転車も引いて一緒にエレベーターに乗った。
「あんた、自転車格好悪い。」
「うるさいな、俺はこれが良いんだよ。」
ミツキが言うと桂が見下げて言った。
「とりあえず部屋に着いたらお前はシャワーを浴びて着替えろ。
女物の服はいくつかあるから着替えて待て。」
「ち、ちょっと、どういう事。」
「俺達はな今日は良いとこの兄妹設定だぞ。
さっきの電話でカードの登録も済ませた。
だから信用を作ったうえで浦木さんに仕事を頼んだ。
浦木芳江さんと言う人はな上流家庭専用の家政婦さんだったよ。
だからお前はお嬢様、俺はお坊ちゃまだ。」
桂はブラックカードをちらちらと見せた。
だが、ミツキには何の事だかさっぱり分からない。
「お嬢様って……。」
「三つ編みも解いて一つにまとめろ。
「悪かったな。床屋にも行けないから伸びているんだよ。」
「結んだりしてちゃんと整えろよ。」
彼の部屋はマンションの高層にあった。
眼下には整えられた綺麗な街並みと、
その向こうに明開湾と廃墟群が見えた。
「綺麗……。」
ミツキはそれを見てため息をついた。
「まあな、でも廃墟群が見えるから
マンション自体の値段は程々だ。」
程々と言ってもここは明らかに高級だ。
かなりの値段だろう。
「でも、あんたってどうしてこんな家を持っているんだよ。
本当はお金持ちなんじゃないの。」
「お金持ちと言うか、まあこれは俺のものなんだよ。」
彼はウォークインクローゼットに彼女を連れて行く。
そこには大量の服がかけてあった。
「なに、これ。」
ミツキは目を丸くした。
「そちらに女物がある。選べ。」
男物ほどではないが女物の服もかなりあった。
「みんな大きい。」
「ごまかせ。ともかく今日はお前の誕生日で、
この家で二人でホームパーティだからな。
綺麗で派手な服にしろ。あと2時間ぐらいで来るぞ。」
「誕生日って、もう無茶苦茶。」
「それとな、クローゼットの奥にパニックルームがあるが
勝手に入るなよ。」
「パニックルーム?」
「緊急時に逃げ込む部屋だよ。
外から見るとただの壁だが中に部屋がある。」
桂は服をかき分けて壁を見せた。
壁紙の模様に紛れて扉の形があった。
「ここをこうして、と、」
桂はその扉を開ける。
中は壁にモニターがあり電話がついていた。
「トイレもあるし災害食も置いてあるから数日は暮らせる。
中から鍵がかけられるから外からは絶対に開かない。
ドロボーとか来たらここに逃げ込むんだ。」
桂は棚に置いてある沢山の本を指さした。
「暇つぶしもある。」
「そんな部屋、誰が使うんだよ。」
高級なものほど余計な物がついている。
「マンションは俺が買ったんじゃないぞ。
だが金庫としてはかなり優秀だ。」
ミツキはあきれ顔で服を選びだした。
服は相当の数があった。
どう選んで良いのかよく分からなかったが、
適当に綺麗な色の小さめのワンピースを選んだ。
「まあまあか。」
身支度を整えたミツキを見て桂が言った。
「偉そうに、腹立つ。」
ミツキが言う。
薄い紫色の柔らかい素材のワンピースだ。
「本当はかなり丈が短い物みたいだけど私にはちょうど長めで良いよ。
ウエストをベルトで止めた。」
「まあ上出来だ。」
彼は手を伸ばして彼女が後ろにまとめた髪を直した。
「髪飾りはこれにしろ。」
彼が別のものを取りそれをつけた。
ミツキが一瞬身を固くする。
「男が怖いか?」
「そりゃ……。」
あまり宜しくない地域で育ったらしいミツキだ。
今まで碌な目には遭っていないだろう。
ミツキは桂を見た。
さっきまで来ていた皺のあるジャケットではなく、
きっちりとした背広だ。
細身の体に良く似合っている。
一体この男は何だろう、とミツキは思った。
廃墟に住みながらこんな家も持っている。
そして今朝ほど見たあの身のこなし。
3階から音もなく降り立ち、ただのパチンコ玉で悪漢を追い返した。
普通の人間でないのは確かだ。
「それで、お前は俺を桂兄様、もしくはお兄様と呼べ。
俺はお前を麻衣と呼ぶ。」
「えっ、なんで。」
「麻衣と言うキーワードできっかけを作る。」
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