強引な女(1)





「で、どうしてお前がこの事務所にいることになるんだ。」

「だって帰るの面倒だし。」


翌朝ミツキが洗面所でガシガシと歯を磨いていた。


「それなのに外に放り出す気?ひどいよ。」

「いやそれはなんか違う、でも……。」


桂はテーブルの上を見た。


「あれはお前が作ったのか。」


そこには結構な朝食があった。


「私は先に食べたよ。洗い物は自分でしてね。」

「材料はどうしたんだ。」

「冷蔵庫にあった。全然大したものは無かったけど。」


それは美味しそうではあった。

だが、


「お前、こう言うものもお金を出さなきゃ

買えないと言うのは分かるよな。」

「当たり前だろ。それで買い物に行かないともう何もないよ。」

「誰が金を出すんだ。」

「あんたでしょ、そして私は作る。部屋の掃除もする。

洗濯もする、ギブアンドテイクだよ。」


話が通じない、と彼は思った。

強引な話だ。

放り出してやろうかと一瞬彼は思ったが昨日の彼女の話が気になった。


彼はため息をついてテーブルにつき食事を始めた。

一口食べて彼女を見る。

ミツキがにやりと笑った。


美味うまいだろ。」


彼女の作戦に飲まれそうな気がして返事はしなかったが、

確かに食事は美味しかった。

彼は無言で食べ続けた。


「とりあえず、昨日一万円はもらっているから、

その分はここにいて良い。

だが、食費はもらう。」


食後に食器を洗いながら彼は彼女に言った。


「まあ3、4日か。今日はとりあえず未戸田夫婦の事を調べる。」

「ああ、それでいいよ。

ところで美味おいしかっただろ。」


彼女が食器を洗っている彼のそばに寄り、下から彼を見上げた。

一瞬どうしようかと彼は思ったが、


「……美味うまかった。」


ぼそりと返事をした。

それを彼女は見る。


「良かった。」


とにっこりと笑った。

それは思ったより素直な笑顔だった。


昨日からの強引な彼女のやり方を知っているので、

桂にはその笑顔は意外に感じた。




食後彼はすぐに未戸田夫婦の事を調べ始めた。

パソコンで一般的に知られている事を調べる。

その間ミツキは周りを掃除し始めた。


「ああ、気が散る。そんなに掃除したいなら廊下を掃除しろ。」


ミツキはちらりと桂を見て部屋の外に出た。


「全く変な女だな。」


桂は呟いた。


未戸田コーポレーションは主に食品関係の会社を経営している。

かなり有名な会社だ。

そしてその未戸田夫婦はテレビにもよく出ている。

オシドリ夫婦としても有名だ。


「未戸田夫婦は剛志つよし、妻の麻弓実まゆみ、そして娘は未戸田麻衣。」


一人娘に関してはほとんど情報は無かった。

一般人だから当たり前かもしれない。

だが、あれほど有名な出たがりの子どもだ。

ボケた写真が一枚あっただけで、ほとんど情報が無いのも不思議だ。


「唯一の情報は5歳の時に心臓の手術で一年間入院している、とある。」


未戸田の娘の麻衣は20歳だ。

そしてミツキも20歳だ。

ミツキの記憶は5歳までが麻衣のものらしい。


その5歳の時に麻衣は長期入院している。

奇妙な符号だ。


その時だ、一階の手動ドアのブザーが鳴った。


モニターを見ると扉の中にミツキが入ろうとしているが

近くに数人の男の影がある。

その影は彼女に寄り、乱暴にその腕を掴もうとしていた。


彼は立ち上がると窓から下を見た。

5人の男が彼女を囲み引きずるように連れて行こうとしている。


彼は3階の窓から素早く壁などを伝い一瞬で飛び降りた。

ふわりと彼らのそばに降り立つ。

そして両手をポケットに入れた。


「なにしてんだ、お前ら。」


そこにいたのは酒臭い若い男達だ。

明け方まで飲んでいて遊びでこの廃墟群に来たのだろう。

そしていきなり空から桂が降って来たのだ。

みなぎょっとした顔をする。


「な、なんだよ。」

「なんだよと言われても俺の事務所の前で騒がれてはねぇ。」

「事務所ぉ?」


男達は周りを見渡す。


「こんながらくたばかりの場所で事務所があるのか。」


男達はげらげらと笑った。


「それがあるんだよ、何でも屋だ、

お前達も頼みがあるなら依頼してよねぇ。」


ふざけた様子で桂は言った。

むっとした男達はミツキの手を離す。


その瞬間桂がポケットから両手を出し、何かを弾いた。

すると二人の男が顔を押さえてうずくまった。


それを見た残りの三人がえっと言う顔をしてそれを見た。

そしてすぐに二人も頭を押さえて倒れた。

残りは一人だ。


「どうする。」


桂はにやりと笑って残り一人を見た。


「こ、この野郎。お前ら、おい、立て!」


男は焦った顔をして他の男を怒鳴りつけた。

皆はふらふらと立ち、額を押さえながら恨めしそうな顔をして

そこを立ち去って行った。


「何したの。」


扉近くで立っていたミツキが桂に言った。


「これだよ。」


彼はポケットからいくつかのパチンコ玉を取り出した。


「指ではじいた。」

「上手いんだな。」

「まあ、俺は特別なんでね。」


桂は扉を開けた。


「俺は廊下の掃除をしろと言っただろう、外に行けとは言っていない。」

「そ、そうだけど……。」

「ここはな、無法地帯なんだよ。

人もほとんどいなくて入ってくるのはあんなチンピラか犯罪者だ。

ともかく危ないんだ。」

「私の住んでいた所も治安が良くなかったけど、

もっと悪い所があったんだな。」


階段を上がりながらミツキが呟く。


「そう言えばお前、昨日俺が声を掛けたら足払いしたな。」

「そりゃ自分の身を守るためにはあれぐらい出来ないと。

だから今日もどうにか出来たと思うけど。」


あれは桂には自分のプライドが少しばかり傷つく経験だった。


「助けてやったんだ、素直に礼ぐらい言えよ。」

「あー、そうだな、ありがとありがと。」

「なんだよ、それ。」

「まあ昨日は女だからと油断したんだろ。背も小さいし。

こんなに小さい人とやりやった事は無いだろうから

勝手が違うよな。」


それは彼女の言う通りだった。

ミツキなりにフォローしているのだろうか。

桂は良くは分からなかった。








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