廃ビル(3)
「仕方ない、話だけ聞く。だが30分5千円だ。」
ミツキはリュックから一万円を出した。
「良いよ、一万円だから1時間。
話を聞いてくれると言ったのはあんたが初めてだから
それは感謝するよ。」
ミツキは怒ったようにテーブルに一万円札を叩きつけた。
「何軒断られたんだ。」
「少しでも話を聞いてくれたのはあんたの所で3軒だよ。
最後の所であんたを紹介されたんだ。
他にも10軒以上回ったけど私を見て入り口で帰れって。」
無理もないだろう。
いかにも貧民の住人だ。
親切にする
それでも誰も手を出さないだろう。
何しろ彼女は顔色も悪く背も低くて痩せていた。
あまりにも貧相だった。
「で、どうして自分は生まれ変わりだと思うんだ。」
桂は彼女にお茶を出した。一応客だからだ。
それを一口彼女が飲んで顔をしかめる。
「まずい。」
「文句を言うな。で、」
桂はミツキを見た。
「記憶の中の子の名前は
子どもの頃からその記憶があったんだよ。」
「いくつぐらいから?」
「10歳頃に自分のその記憶がなんだかおかしいと気が付いたんだ。
5歳頃までの自分は今の自分と違う。黒髪の子どもなんだよ。」
「お前の親は日本人か、それとも別の国の人か。親父はいたんだろ?」
彼女は頷く。
「いたよ、でも義理親だよ。
私は孤児で小さい時に引き取られたんだ。
この明開市が被害を受けた時に助けられたらしい。」
この遠山桂事務所は廃ビルに見える建物にある。
そしてこの辺りは廃墟だらけだ。
15年前にこの明開市のこの辺りは大々的なテロの標的となった。
トウキョウに次ぐ副都心としての存在はテロの標的としては格好の都市だった。
この廃墟群もその名残だ。
薬品を使ったテロで船にそれを積んで岸壁に衝突させたのだ。
そのためこの廃墟群につながる海岸線は、
未だに手も付けられないぐらいずたずたになっている。
そしてその横にあった工場群も被害に遭った。
コンビナートは廃墟となりいまだにほとんど操業していない。
「本当の親は見つからなかったのか。」
「あの場所での生き残りはいなかったみたいだから
本当の親は分からずじまい。」
彼女はあっさりと言う。
「で、なんだ、その記憶はどんなものなんだ。」
「虐待だよ。」
「虐待?」
「あの未戸田夫婦が子どもの私を殴ったり蹴ったりしていたんだ。」
桂は息を飲んだ。
「それはお前自身の記憶じゃなくて前世の記憶、
麻衣と言う子のものか?」
「そう、小さい頃の私は混乱してよく分からなかったけど、
10歳頃に私の見た目が記憶と全然違うと気が付いたんだ。
それでとりあえず混乱は収まったけど、
今度はテレビなどで未戸田夫婦を見るとむかむかすると言うか……。」
ミツキは大きくため息をついた。
それは無理もないだろうと桂は思った。
子どもの頃の虐待は大変な深い心の傷になる。
自分の事ではないと分かっていても気が重いだろう。
「しかし、なんだな。」
桂は話題を変えるように言った。
「オカルトかなと思ったけど、妙にリアルだな。」
ミツキは桂を見る。
「でもあの人達の娘はいるんだよ。」
「えっ?」
「
「どういう事だ?
未戸田夫妻の子どもの5歳頃までの記憶がお前にあるが、
実際にその子どもが大人になった麻衣と言う人はいる、と言う事か?」
「そう。」
桂は腕組みをして考えた。
「ところでお前は何歳なんだ。」
「20歳だよ。」
「……、嘘だろ。」
どう見てももっと若く見える。
「どう見てもガキだろう。嘘をつくなよ。」
「仕方ないよ、小さい頃からろくに食べてないんだ。
貧乏が悪いんだよ。」
彼女は怒った顔をした。
だがその様子を見ても彼には頭がおかしい人には思えなかった。
奇妙な話が飛び込んで来たなと思ったが、
面倒くさい事にもなったなと彼は感じた。
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