第二話 初陣


 ヤクトが見つけた獲物は、あろう事か半魔獣だった。


 10年前に湧き出した魔人が従来の生物と交配を繰り返し、その結果産まれた異形の生息域は海洋にも広く分布している。


 魔血の濃さにもよるが、これらは基本的にマズくて食べられない。


「――っ!? うぉえっ! ぺっぺっ! マズい!」


 島に半魔獣は居なかったのでヤクトは見たことがなかっただろうが、知識としては教えたはず。狩って浮上し、齧り付いて涙目で吐き出した。


「……あっ」

 

 ここに至ってようやく小舟を失ったことに気付いたらしい。周囲を海に囲まれた状態で裸一貫。服も靴も無ければ、なけなしの真水と干し肉も無くした。


「あーっ! バカか!?」


 まごうことなき馬鹿だ。


 水上歩法も延々と続けることはできないし、泳いで大海を渡るなど愚の骨頂。


 大自然を甘く見ているはずはないが、やはり馬鹿なのだろう。獲物さえいれば何とかなると思っているふしがある。


 食べられないとわかっただろうに、未練がましく狩った獲物を放そうとしない。


 あれはシャチの半魔獣だろうか。尾の付け根に人間のような脚が生えていて、西日に照らされる背中には背ビレが付いている。流線形の頭部と左右に大きく裂けた口はシャチと同じだが、大きな目玉と歯列は人間のものだ。


 食おうと思う方がどうかしているが、それは置いてもかなり危険な状況だ。


 半魔獣は母胎となった生物の特性を引き継ぐことが多い。そして、シャチは群れで行動する獰猛な海のギャングなのだ。


「――むっ!」


 案の定、ヤクトは半魔シャチの群れに襲われた。


 水線上に飛び上がってきた人間っぽいシャチの胴体に掌底が突き刺さり、海面がたわんだかと思えば青緑色の血を噴き出して内側から爆散した。


 魔法ではない。ただの発勁である。

 

 ヤクトは魔法を使えないのだ。

 

 あの男の薫陶によって体術の極意を自然と身に付け、2~3年で僕より強くなったヤクトであっても足場の無い海上では威力が落ちるようだ。


 それ即ち、生物の肉体に働きかけて治癒したり破壊したりする生体魔法の顕現ではない。

 

「うおぉおおおお! 死んでたまるかぁ!」


 大海原を舞台に素っ裸で体長5メートル越えの化け物の群れと死闘を繰り広げながら、海流に乗って当初の針路とは真逆に流れていく。もちろんヤクトは気付いてすらいない。


 強靭な薄紫の皮膚と驚くほど硬い骨格を持つ半魔獣は単体でもかなりの強敵である。しかも、魔血が濃い個体は雌雄の別なく異種生物を孕ませるおぞましい生態を備えているのだ。ちゃんと教えたのでヤクトも知識としては知っているはず。


 そのような難敵を相手に、足場を失ってなお蹴散らすヤクトの強さは馬鹿げているが、そもそも馬鹿でなければこんな状況に陥っていない。


「ふぅ! ふぅ! ぶふぅ~!」


 さすがに疲れてきたのか、ヤクトにしては珍しく呼吸が乱れている。


 ヤクトいわく、呼吸法が極まれば師匠の境地に近づけるのだと言っていたが、あの男は息をしていないんじゃないだろうか。


 半魔シャチとの戦いが続く中、追い打ちをかけるように近くの海面が盛り上がり、巨大な水柱が上がった。


「――げっ!」


 大型海獣サメの参戦だ。


 見たところ半魔獣ではないようだが、海上をゆく人間に被害を与える生物の代名詞として大昔から船乗りに恐れられる存在――それが海獣だ。大型に遭遇したら死を覚悟せよとまで言われており、中でもサメはシャチの群れに次いで危険な捕食者である。


「めっちゃ興奮してる! ベルさんが言ってた通りだ!」

 

 海獣にしろ陸獣にしろ、通常の生き物は魔人や半魔獣を見つけると目の色を変えて襲い掛かる習性がある。マズくて食えないのに。


 ともかくヤクト。よかったね。


「サメぇええええええ〜っ!」


 海獣はどれも美味い。生のサメは微妙かもしれないが、半魔獣よりは遥かに美味い。


 全長100メートルもある大物だが、頑張って仕留めてくれ。

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