走馬灯
四季
走馬灯
とあるアパートの一室で、男は自殺を試みようとしていた。
男は台に乗り、綱を首に掛け、台から降りた。
すると、「うっ!」という声とともに苦しそうな顔をした。
ーーー
いままで本当に苦しかった…
職場の人間関係はうまくいかず、上司には毎日のように説教、残業を課され、古くからの友人も残業時間の増加により疎遠になった。
もう、俺の人生に楽しみも希望もないんだ。
だが、いまの苦しみを乗り越えることができれば、全ての人間関係、仕事、苦しみから解放されることになる。
「死」という代償を払って…
この人生に心残りなどない。
気兼ねなくゆっくりと「死」を待つのみだ。
「未来の僕、何をしてるの?」
ハッとした。
玄関の鍵は閉めたはずだ、誰も入ってこれるはずがない。
「夢は叶った?」
そうか、幻聴か。
幻聴が聞こえるならば、もう少しで死ねるのか…?
それにしてもこの声、どこかで聞き覚えが…
「ねぇ、僕の将来の夢、覚えてる?」
そうか、この声、俺がまだ小さかったころの声だ。
「コックさんになって、いろんな人を笑顔にする夢。」
あぁ、そうだ。
小さい頃、コックさんになってお腹をすかせた貧しい人に美味しい料理を振舞って笑顔にすることが夢だったけ。
あの輝いていたころが懐かしいな…
俺は部屋にかかってあった時計を見た。
まだ首を吊ってから5秒も経ってないらしい。
俺は苦しいながらも目をつぶった。
この人生、いろんなことがあったな…
ーーー
初めて自転車に乗れたとき、両親から褒められたこともあったな。
小学校の入学式、話しかけてくれた友達、あいつとは長い付き合いだったな…
そういえば、今年の年賀状、仕事関係以外だとあいつと両親ぐらいだったな…送ってくれたの。
最後にあいつに会いに行けばよかった…
「僕の将来の夢は、コックさんになって、お金の無い人に料理を振舞ってあげて、地球上のみんなを笑顔にすることです。」
「さすがは俺の息子、いいこと言うな!」
「そうねぇ、あなた。」
「お前すっげぇや!そんなこと考えられるのお前だけだぞ!」
あぁ、会いたかった…
でも、もう駄目だ…
「その問題、間違えてるぞ。」
「え、そうなの?
やりなおさなきゃ。」
やり直す…か…
今更だけど、コックさんになって料理を振舞うのもいいな。
だけど、俺には…
「失敗しても、またゼロからやり直したらいいんじゃないのか?」
ハッとした。
そうだ、俺が大人になってやりたかったことは、自殺することなんかじゃない。
苦しんでいる人を助けることだ!
苦しい…もう死ぬ寸前かもしれない。
でも、俺はあきらめたくない…!
やっぱり死にたくない…またゼロから人生をやり直そう…!
俺は、苦しみながら首を絞めるときに使った台に足を向けた。
生きよう…
だが、台は俺の意思とは反してカランコロンと転がっていった。
俺は焦った。
このままだと本当に死んでしまう。
足をバタバタさせて、台を引き寄せようとするも届かない。
嫌だ!死にたくない!
俺はかすれた声で必死に助けを求めた。
「た…す…け……」
ーーー3日後
あるアパートの廊下で老婦が井戸端会議をしていた。
「104号室のお兄ちゃん、自殺しちゃったんだって。」
「やーねー。
最近の若いもんはすぐに死んじゃうんだから。」
「しかも、助けを呼びながら死んじゃったらしいよ。」
「あら、後悔しながら死んじゃったのね。」
「そうねぇ、一度やってしまったものは取返しがつかないもんなのね。」
「うんうん。
そういえば知ってる?
お向かいの田畑さん、最近…」
一人の男が自殺したなんてどうでもいいかのように、今日も世界には時間が流れ続ける。
走馬灯 四季 @ontaikikou
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