第16話 ニヨニヨ

 目が覚めた。


 体を起こして、窓を開けて新鮮な空気を肺に取り込む。


 ...............うん、いつもと変わらない。いや、少しだけ胸がすっきりとしている感じがする。俺の中のモヤモヤが昨日で大分落ち着いたような気がするからだろう。


 それに、昨日の深夜。


 雪奈が俺の事を心配して掛けてくれた電話のおかげでもある。幸奈の浮気を調査しだしてからずっと雪奈には頼りっぱなしで頭が上がらない。


 頭の切り替えも済んだことだし、朝食を作っちゃいますか。


 一階に降りて、いつも通り朝ご飯を作り、整えたつもりだろうけれどまだ寝癖がついていた父さんの髪を直してあげたりしつつ、朝の忙しい時間は過ぎていき、俺も学校へと行かなければいけない時間となっていた。


 今日の授業内容を再確認して、カバンの中の持ち物をチェックする。体操服は持ったし、他の物も忘れていないな。

 

 カバンを閉めて、家の中を一通り見回ってから俺は玄関に立ち深呼吸をして一歩外へと踏み出した。


「あ、おはよう、幸人」

「…え?おはよう、雪奈。どうしたの?こんなところで」

「えぇーっと、その……幸人と一緒に登校出来たらいいなって思ってきちゃったんだけれど、ダメかな?」


 玄関を開けたら、すぐそこに雪奈が立っていて思わずビックリしてしまった。


「勿論いいよ。俺にはもう彼女はいないから」

「ありがと。断られちゃったら少しショックだったから良かった」

「折角雪奈から誘ってくれたのに断ることなんてしないよ。あー、でも次からは事前に連絡してほしいかも」

「それはごめん。本当は昨日言うつもりだったんだけれど、幸人と喋っているのが楽しくて忘れちゃって」

「っ!そ、そっか。なら仕方ないかな」

「うん、仕方ないね。でも次からは気を付けるから」


 雪奈に恋心を抱き始めているのを自覚しているためか、雪奈から俺と喋っていて楽しいと言われて思わず照れてしまう。


「じゃ、いこっか」

「うん、そうだね」


 こうして雪奈と一緒に登校するのは、かなり珍しい。二人で登下校するにしてもそれは彼女だった幸奈だったから。


 俺と幸奈が付き合う前は、三人で登下校することがほとんどだったから隣に雪奈だけがいるのは新鮮だ。


「そう言えば、今日の体育マラソンらしいよ。私体力があんまりないから嫌だなぁ。なんでただ目標もご褒美も無く走らなきゃいけないんだろ」

「そうだよね。何か目標とかご褒美があれば多少はやる気出るんだけれどな。例えば、そうだな……記録を更新で来た人は成績を一段階上げてもらうー、とか?」

「それもありだけれど……そうだ、ねぇ幸人」

「何?」

「私達個人でそれぞれご褒美とか作らない?」

「俺たちだけのご褒美?ジュース奢るとか?何かを買ってあげるとか」


 俺がそう言うと、頬を少しだけ赤く染めて首を横に振った。


「それも良いけれど……例えば、えぇーっとその……今日も一緒に寝落ち通話してくれる、とか?休日にお出かけしてくれる……とか」

「っ!!」


 段々と言葉が尻すぼみになっていく雪奈が可愛すぎて、思わず口元を覆ってニヤニヤを隠したが、今の俺の顔は人様には見せられないだろう。


「そ、それは……別にご褒美とか関係なくしても良いなって思ってるしそれは雪奈のご褒美になるの?」

「じゅ、十分なるよ。なりすぎるくらいだよ」


 若干言葉がおかしくしくなるくらいには肯定してくれる雪奈。


 なら良いんだけれど……


「幸人は私にご褒美で何をして欲しい?」

「そうだなぁ……俺も雪奈と今日も喋れたら十分かな。それだけでマラソンを頑張る気になれるよ」

「っ!!そうなんだぁ。そっかぁ」


 胸を抑え、口元をニヨニヨとさせてそう呟いた雪奈はとても可愛らしくて思わず顔を背けてしまった。


 .......................あれ?今、視界の端で誰かが映ったような?背けた視界の先に……あの曲がり角らへんに誰かいたような気がするけれど


 気のせい……か?


 もう一度確認するがもうそこには誰もいなかった。


 



 


 



 

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