第6話  深い安心。

 昨日は通話を繋げたまま寝てしまったかと思ったが、どうやら雪奈が消してくれたようだ。


 体を起こして、伸びをして日の光を浴びる。


 ........................昨日会ったことが脳裏に浮かんできた。


 昨日は色々な感情がごちゃ混ぜになったり今までの幸奈との思い出が蘇ってきて苦しくなったりもしたけれど、こうしてある程度整理できた今は、何だろうこの内から込み上げてくる怒りは。憎いというか、ウザいというかなんというか。正の感情ではなく内側から負の感情が込み上げてきてしまってどうしようもない。


「すぅ……はぁ.....................」


 大きく深呼吸をして、自分の心を落ち着かせ窓から外の景色を見る。今日は晴れで澄み渡った空をしていた。窓をガラッと開けて空気をもう一度吸い、今の肺にある瘴気を外へと出して綺麗な空気を取り込んだ。


 .............まぁ、なんかなんだろう。どうでもいいとか思ってるのかな、俺。


 これくらいの事で、先ほどまであった胸の内が幾分かマシになった。幸奈ゆきなの代わりに頭に浮かんだのは雪奈せつなだった。


 雪奈だって、姉があんなことをしたんだから心中複雑な気持ちのはずなのに、落ち込んだ俺を恥ずかしがりやな雪奈にはキツイはずなのに抱きしめてくれたり、手を握ってくれたりした。


 最後には通話までかけてきてくれて、本当にありがたかった。雪奈がいなければもう少し傷が深かったに違いないと思う。多分、今日と言う一日を棒に振っていたに違いないと思う。


 折角の日曜日なのだから、やりたい事や家事、勉強をしなきゃな。


 部屋を出て、リビングへ行くと父さんが朝早くにキッチンに立っていた。


「おはよう、父さん。もしかして朝ご飯作ってくれてるの?」

「おはよう、幸人。あぁ。前に約束しただろ?作ってやるって」

「まじか、楽しみ」

「おう。楽しみに待ってろ。つっても普通の朝食だけれど」

「いや、父さんが作ってくれたってところに意味があるんだよ」

「そうか。それにしても、お前は理恵さんに似たよなぁ。今の言葉も理恵さんが言いそうだし」

「ありがとう。俺はそう言われて嬉しいよ」

「あぁ、そう言えば今日絵理さんがお昼あたりにちょっとよるそうだぞ?」

「まじか!!そういうのもっと早く言ってよ。理恵さんに美味しい昼食作りたかったのに!!」

「言おうとしたけれど、最近、なんかそわそわしてるし、昨日帰ってからすぐに部屋は言って出てこなかったから」

「あぁ……そっか。それはゴメン」


 確かに最近は幸奈関連で少し色々あったからな。これは完全に俺の非であるので父さんに頭を下げる。


 それにしても絵理さんと久しぶりに会うな。前に会ったのは二か月ほど前か。定期的に会いたいなと思うけれど、理恵さんは忙しい人だからそうそう会えない。


 父さんが作ってくれた食事と、絵理さんが来るということに気分はかなり良くなった。


 父さんが作ってくれた朝食も美味しかった。


 適当にラフな服装を選んで、俺はスーパーへと足を向けた。絵理さんは私のために態々そんな豪華なものなんて作らなくても良いって言うだろうけれど、俺なりの絵理さんへの恩返しなんだ。今は絵理さんに返せるものはこれくらいしかないから。


 まぁ、材料費が俺のお金じゃないってところが何とも恰好がつかないけれど。


 スーパーへと入って、お昼のメニューに沿って適当に籠に食材を入れて、レジに並び勝手袋へと詰めた後、スーパーを出た。


 丁度、その時スマホに通知が来た。何だろうかと思って見てみるとなんと幸奈からだった。


 要件はいったい何だろうかとそう思って、見ると


『今日、デートしない?幸人の家でも私の家でもいいから』


 俺はそっとスマホをポケットの中へと入れてまた歩き出した。


 早く家に帰って、昼食作らなきゃ。


 家について、早速料理に取り掛かる。作りたかったのは鶏肉のトマト煮とトマトを使ったパスタだ。絵理さんはトマトが好きだから。


 どちらも数度作ったことがあったため、あまり時間がかからずに作り終えた。


 時間を見てみると、十二時にもうすぐでなりそうな時だった。丁度インターホンが鳴り、出てみると絵理さんだった。


 俺にとっては第二の母さんのような人だけれど美人で綺麗な人だなって思う。


 スラっとした細身の体。長身で髪はボブカットのような形をしている。顔はモデルのような顔をしていて、遠い昔に学生時代はかなりモテていたんだよと言うのも十分頷けるような綺麗な顔立ちだった。


「幸人、久しぶりだね。元気にしていた?」

「はい、絵理さん。どうぞ、中に入ってください。昼食はまだですよね?」

「えぇ」

「絵理さんの為に、昼食作ったんですよ」

「いっつも別に良いって良いってるのに」

「これくらいさせてください」

 

 俺がそう言うと絵理さんは仕方がないなぁという顔をしつつも微笑んで俺の頭を撫でてくれた。


 絵理さんを中へと通して、座らせた後父さんがリビングへと来たので二人が話をしている間に俺は料理を準備して、テーブルへと並べる。


 俺が席に着いたところで父さんが手を合わせたので同じように手を合わせて


「「「いただきます」」」


 俺も食べようとしたものの理恵さんの反応が気になりすぎて、集中できなかった。


 一口理恵さんは口に含んで、飲み込んだ。そして


「とっても美味しいよ、幸人」

「ありがとうございます」

「お礼を言うのは私の方なんだけれどね。本当に。この料理だって私がトマト料理好きだからでしょう?」

「はい。出来るだけ理恵さんに喜んでもらえたらなって」

「幸人が育ってくれるだけでも十分なのに、こんなの十分すぎるよ。ありがとう、幸人」


 絵理さんが優しく微笑む。


 絵理さんは厳しい人だが、俺がこうしたことをすると褒めてくれるので絵理さんに対してこうしたことをしたくなってしまうのだ。俺は絵理さんの笑顔を見ることも好きだから。


 楽しく昼食を終えた後、父さんはリビングを離れ用事があるそうで出掛けている。きっと俺と絵理さんに気を使って出て行ってくれたのだと思う。


「そう言えば、幸人」

「なんですか?絵理さん」

「最近、何かあった?」

「え?」

「なんか、今日は少しいつもの幸人とは違うような気がしてね。私の勘違いだったら、良いのだけれど」

「それは……」


 今は割と気分が良く顔には出ていないと思っていたが、絵理さんは俺に何かあったことに気付いたようだ。


 絵理さんには俺が幸奈と付き合っていることは言ってある。


 絵理さんなら、言っても良いだろう。誰にも言わないだろうし、何かアドバイスをくれるかもしれない。


「実は.........」


 俺の彼女が浮気をしたことを絵理さんへと語る。


 真剣に絵理さんは聞いてくれた後、絵理さんは一つ呼吸を置いた後喋りだした。


「幸人はどうしたいの?私はそこが重要だと思うわ」

「俺がどうしたいか?」

「ええ。あなたが幸奈ちゃんとどうなりたいかが重要なの。別れたいのか。関係を修復したいのか。復讐をしたいのか。それともどうでもいいとその子と関係を切るのか」


 俺が幸奈とどうなりたいのか、か。


 俺は幸奈とどうなりたいのか。


 改めて考えてみる。


「........................俺は、幸奈と別れます。そして、もう彼女とは関わらない様にしたいなと思います」

「そう。幸人がそうしたいならそれでいいわ。正直、私はその子にどうしようもなく憤りを感じてしまうけれど」

「そう、なんですか?」

「当たり前だわ。私の子供にそんな不誠実なことをしたんだもの。法的措置を取ろうと思えば取れなくもないけれど、あくまで学生の恋愛事。結婚しているならまた話は別なんだけれどね」

「いえ、大丈夫です。絵理さんに手間はかけられません。これはあくまで俺の問題ですから」

「そう。だけれど、何か相談したいことがあったら私に頼るのよ?幸人は姉さんの子供だけれど私の子供でもあるのだから」

「はい」

「幸人、こっちにおいで」

「?はい」


 俺は絵理さんに近づくと、ギュッと抱きしめられた。


 それは何処か懐かしい匂いがして、深く安心することが出来た。












 


 

 


 

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