第3話 歯止めは効かない女

和室には数十人の老弱男女が集まっている。

法事が終わったあとには、和やかな会話をしている。

「カキツ、アンタは良い人いないの?お見合いだってーー。」

13回忌の法事なんて故人のことはすっかりどうでも良くて、親戚同士の近況報告がメインになる。

特に良い齢の女なんてターゲットになる。

その中でも品のない親戚たちは私に結婚の話題ばかり振る。

「良い人はいないし、興味ないよ。仕事忙しいし。」

彼女のことを言ってもいいかもしれない。

でも、ますます面倒くさそうだった。

「はい、みんなー。仕出し弁当届いたよ。」

席の前に精進料理が入った重箱が置かれる。

私は蓋が開けられる前にと、席を立った。

「あら、カキツちゃんどうしたの?」

「……ちょっと離席しますね。」

遠縁の親戚が話しかけてくる。

きっと、私の悪食を知らないはずだ。それは、厄介だと感じる。

「せっかく料理が来たんだからみんなで食べましょうよ。」

「いや、ちょっと……。」

「ねえ?いいでしょ。」

腕を捕まれ無理やり引き寄せられる。

そんなことをやりとりしていると、我慢ならない子供たちが先に蓋を取る。

私の目にしっかり仕出し弁当の中身が映った。

サクサクでほくほくしたレンコンの天ぷら。

出汁の染み込んだつやつやのしいたけ。

輝く錦糸卵とグリーンピースののったいなり寿司と、きゅうりとかんぴょうと桜でんぶの入った海苔巻き。

そして食後のみずみずしいオレンジ。

どれもおいしそうで、それが私の視界を食欲一色に染める。

「ちょっと、カツキちゃん?何してるの?!」

声をかけられるよりも先に、皆が着席するよりも先に食べ始めていた。

自分の仕出し弁当に入ったものを次々箸でつかんで、口に放り込む。

あっという間にデザートオレンジまで食べきった。

そして、まだ隣には弁当があった。

そのまま手をつける。

「〜!〜!!」

隣で女がヒステリックに叫んでいる。

私は気にせず、また天ぷらを口に放り込んだ。

なぜか子供の泣き声まで聞こえる、しつけくらいちゃんとしてほしいものだ。

「うわっ?」

いきなり肩を掴まれて床に叩きつけられる。 

そのとき食べていた弁当の中身も中を舞った。

危うく箸が喉に刺さるところだった。だが、すぐに起き上がって床に落ちた椎茸の煮物と蕗を拾って食べる。

「カツキ!落ち着け!」

女性の声がして止まった。母だった。

「あ、母さん。」

無惨に散らばったちらし寿司。

空の重箱。

泣く子どもたちの1人が賢人だったことにようやく気がついた。

すべて私がやったことだ。

「ご、ごめんなさい……。」

「ここはいいから、外に出なさい。」

私は母に外に連れ出された。

そのまま縁側を通り、他の人がこない奥の部屋に連れて行かれた。

「昼まで引き止めた私が悪かった。お前の悪食を親しい人以外に話してないのが悪かった。」

はぁぁとわざと大きくため息をつく。

「後は私がやっておくから、こちらは気にせず帰りなさい。」

「……。」

母はいつもこうだった。

私の食い尽くしが始まったのはまだ高校生のとき。 

親戚の集まりや家族の夕飯、学校ーーありとあらゆる人間関係。

食い尽くすことがやめられなくなってから、母は私のために周囲に謝罪したり、工夫をしてくれた。

「彼女と上手くやりなさいね。」

「うん。」

そう言って毎回助けてくれる。

私はそれが心底申し訳なくて、でもありがたかった。

ここで皆に謝罪しても意味はないだろう。

そのまま、母が持ってきた自分の荷物を受け取り、車に乗った。

「なんで私っていつもこうなのかな。」

落ち込みながら、霧の外に出た。






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