安田亮子を想いながら
登場人物たちの多くは恋ヶ窪のアパート、きさらぎ荘に住んでいる。きさらぎ荘は西武国分寺線の恋ヶ窪駅と武蔵野線・中央線の西国分寺駅の【ほぼ中間に】あるという設定だ。
受け渡しの場所までどうやって行けばいいか、アパートで登場人物たちが地図を調べるシーンがある。台詞を引用する。
「府中街道に出て延々北上して……、それから久米川町から志木街道へ出て東へ行き……、この小金井街道にぶつかったら左折して、武蔵野線の線路をくぐったら、あとはうねうね畑の中の道を、探りながら行くしかないな……。結構距離がある。十五キロはあるな」
まず、きさらぎ荘の位置を仮に定めることにした。恋ヶ窪駅と西国分寺駅を結ぶ直線の中間点でよいだろう。スマホで地図アプリを起動し、この場所から府中街道に向かう道を探す。見つからないので、久米川町のあたりを拡大する。志木街道も小金井街道も見つからないが、武蔵野線の線路ははっきりとわかる。とにかく武蔵野線を越えたところに「犯行現場」はあるのだ。
ここで私ははっとする。被害者となる男は、わけあって身を隠している。潜伏先は【東所沢の下安松】にある知人の家。はっきり下安松と地名が出ているのに当時は見逃していたのだ。
今、この知名には見覚えがある。年賀状を送る際に書いたことがあるからだ。古くからの友人が一時期、住んでいたのが下安松だった。かつての捜索から今に至るまでに、私もそれなりの時間を積み重ねた。その間、友人たちは新しい人生を切り開き、そのうちの一人は下安松という地名を(ほんとにわずかばかりだが)身近にしてくれた。ささいなものならば、私も手にしている。
反対に忘れたものや失ったものもある。
たとえば、毎日のように眺めていた武蔵野線の車窓は忘れているし、トンネルを過ぎるごとにセンター問い合わせ(わからないかたもいるだろう)をしてメールが届いていないかどうかをチェックしていた思い出は、この原稿を書いていてついさっき蘇った。
あれほど頻繁にメールをやり取りし、北朝霞会と称し、北朝霞駅前のビルにある居酒屋で飲んだくれていた大学時代の交友関係のほとんどは失ってしまった。
そういえば、あのチェーン店の居酒屋はまだあるのだろうか。駅前の新古書店はあるのだろうか。風景は当然、変わっただろう。確かめてみたくなった。
旅に出よう、ただし、万全の注意を払って。そう私は決めた。
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