選べない生き方
「お前、また鬼を狩るのか?」
問われ、曼珠は頷いた。別に市井の鬼狩になったつもりはないが、それも良いかと思ったのだ。
毒への耐性があることは分かっているし、今さら鬼を切ることに罪悪感が湧くわけでもない。何より、今さらだ。
どうせ自分はそういう風にしか生きられない。
下がってくる瞼のせいで欠けた視界の中、相手の胸が上下するのが見えた。多分、また溜め息をついているのだろう。
ふと、この辛気臭い男は、腹の底から笑うことはあるのだろうかと考えた。
「鬼狩は、鬼を宿すと言われている。その意味を知らないわけじゃないだろう?」
暗い声だった。もちろん、知っている。
鬼を狩り続けるには、鬼の毒に対する耐性が常人よりも高くないといけない。しかし、完全に鬼毒を無効にできる者などいるはずがない。民間の医者と組んで、どこまで効果があるのかは定かではない薬を服用しながら鬼を狩る者がほとんどだ。
進行こそ遅いが、その体にはじわじわと鬼の毒が蓄積され、いつ病となって牙を剥くかも分からない。その恐怖に精神を病む者も決して少なくはなかった。鬼を宿す者――ゆえに、鬼を斬る者は
「お前は確かに、普通の鬼狩よりかはよっぽど耐性が高いみたいだけどな。臓腑にも頭にも毒が入ってる。続けるなら長くはないぞ」
なるほど、それでこんな暗い声をしているわけかと納得した。もっとも、言われた曼珠は「そうなのか」くらいの感想しか出てこなかったのだが。
むしろ、このご時世で会って間もない他人の心配をする相手の方がどうかしている。
「十年」
言われた年月の意味に、一拍遅れて理解が追いつく。余命十年。なるほど、短くはないがさりとて長くもない期間だ。それに当初の人生設計と大差はない。
「考えなおせ、今なら引き返せる。鬼と関わらないで、都でちゃんとした医者にかかれ。そうしたら――」
「馬鹿言うなよ」
傍らで、息を飲む気配がした。
「あんた、俺にそれ以外どうやって生きろっていうのさ」
それを告げるだけで精一杯だった。襲いくる眠気に耐えきれず、曼珠は目を閉じる。
「どうやって、なぁ……」
しばらくして規則正しい寝息をたて始めた曼珠に、桜はもう何度目か分からなぬ溜め息を吐いた。
「何をすればいいか分からない」でも「誰のために生きればいいのか分からない」でもなく「どうやって生きればいいのか分からない」。
「ガキかお前は……って、いや」
微かに寝息をたてる顔を見下ろしてみると、存外若い。おそらく二十歳にはなっていないだろう。骨格からして成長期も終盤なので、十代後半といったところか。
世の中を渡るには十分な年齢と言われるかもしれないが、桜にすれば若いというより、幼いと言った方がしっくりくる。
「ガキなわけだな」
改めて声に出し、桜はもう一度その顔を見やった。あまり良い夢を見てはいないのか、あるいは傷が痛むのか。整った顔の中で寄せられた眉が、眉間に深い皺を作っている。
その表情に、再びため息が口から漏れた。
――どうやって生きればいいのか
自嘲にも似たその問いに、答えてやることが桜にはできなかった。
というか、当然のように狂った選択をされたものだから、咄嗟に返す言葉も思いつかなかったのだ。
思えば、このくらいの年には自分は何を考え、どうやって生きようとしていたのか。
そのことについて、様々な人間が思いを巡らせているのは知っているが、当の桜自身はすっぱりと忘れていた。
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