第17話 呑兵衛と飲み会

 先日、他部署の飲み会に宴会部長として参加し、見事に呑兵衛のんべえ然とした姿を見せつけて若人を混乱の渦に叩きこんだ。

 こう書くと何か飲みを強要したように見えてしまうが、実際には種類を問わずに酒をったことが引き金となり、よく分からない酒飲みとなったようである。

 ビールやハイボールまでは許容範囲であったようだが、ワインに間違えて運ばれてきたカルアミルクを飲んだあたりで目を丸くしていたのを思い出すと面白い。

 「酒の一滴、血の一滴」とは呑兵衛の法の第一であり、忠実に従ったまでである。

 加えて、本来は混ぜ合わせたり包んだりしていただく品々を、少しずつ皿に並べちびちびとやっていくのは奇異に映ったらしい。

 食べ方をしてくれた健気な後輩もおり、その心遣いにを褒めながら、

「いやぁ、若い子は洒落た食べ方を知っとなんはんねぇ」

と煙に巻くことは忘れなかった。


 そもそも呑兵衛と飲み会は必ずしも相性がいいとは言い難い。

 呑兵衛とは意地汚く、酒の香りがすればどこにでも現れる人種ではあるのだが、それと同時に好きにりたいという思いが強い生き物でもある。

 学生時分であれば金がなかったこともあって、飲み放題で好きなだけ飲めるというのは魅力的であったが、三十路に入ればいい酒も飲みたいと我儘わがままになる。

 飲み放題メニューから視線を逸らしたところに銘酒でも並ぼうものなら、あるいは、隣の席でコース外の旬の料理でも目にしようものなら心はそちらになびいてしまう。

 それでも、幹事に迷惑をかけまいと我慢し、酒は飲むに任せよ、肴は出るに任せよと言い聞かせねばならない。


 とはいえ、こうした会に出るというのは顔を売るという点で大きく、それによって仕事がしやすくなったことも多々ある。

 特に呑兵衛であれば顔を覚えられやすく、素面の時に話をしても話がスムーズに始められる。

 前職ではそれで何度、現場の方々に助けていただいたことか……。

 今の時世を考えれば古い考えなのだろうが、使えるものは使い、飲めるものは飲むという呑兵衛の生き方になぞらっているに過ぎない。


 その一方で、呑兵衛として気がけていることがいくつかある。

 一つには、酒の強要をせぬということであり、これこそ酒は飲むに任せよの神髄である。

 私が呑兵衛であるうということを知っていた後輩から、飲まされるものかと思っていましたと言われたことがあるが、それは呑兵衛として正しい在り方ではない。

 呑兵衛は自分の酒にこそ興味があるのであり、その範囲で好きにるだけであり、他人ひとのことなど気にはせぬ。

 ただ、時に飲まされそうになっている方の助け舟になることもあるが、これは嫌な奴が飲むのは勿体ないという古典的な精神に酔っているだけだ。

 このような時、いずれイグノーベル呑兵衛賞を授与されたいなどと笑いながら、毒気を抜くのも忘れないようにしたい。


 もう一つは肴の皿に気を配ることである。

 飲み会の席で呑兵衛は好きに酒をるのだが、あまり飲まぬ方や食いしん坊の方にはそちらの方が主になってくる。

 全く手を出さないという訳ではないが、肉などを控えることは多い。

 対してツマなどは残りやすいので、片付けてしまう。

 これが普段は飲むと食の細る私が、翌朝を調子よく過ごすための勘所であり、卓上も整うため一石二鳥である。


 後は空いたグラスを早めに下げることなどであろうか。

 武勇伝を創るために飲んでいるのではないのだから、店をおもんぱかって飲んだ方がよい。

 そもそも飲み会自体は売り上げに繋がるのだから店にとって悪くはない話なのだろうが、酔っぱらいそのものは良い物ではない。

 故に、少しは気を配るべきと思うのだがいかがだろうか。


 それにしても、これほどに気遣いながら飲むのでは呑兵衛も形無しである。

 やはり呑兵衛にとっても飲み会よりは一人飲みの方が性に合っているようであり、あまり誘われるのも考えものなのかもしれない。


 あ、奢って下さる、私なぞのために。

 いやいや、飲み会がやはりいいですよね、へい、喜んで参加致しやす。


 このような受け方をする私は、呑兵衛として落第ものなのだろう。

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