第15話 観戦

 昨年末はワールドカップということで、サッカーの話題に事欠かなかったが、不満があったとすれば飲み歩くにはちときつい時間帯に行われたことだろうか。

 いや、あまりに大きなイベントであると何やら飲み込まれてしまいそうで、実際には早く行われていても二の足を踏んだことだろう。

 それに、こうした国同士の一発勝負のぶつかり合いを見守れるほど私の肝は太くない。

 目まぐるしく変わる展開を固唾を飲んで見守る……といった気持ちは脇に置き、酒ばかりに目が行くのが関の山だろう。


 いや、呑兵衛のんべえであれば酒を主にしてこその本懐であり、何を馬鹿なことを言っているのだろうか。

 月であれ花であれ舞台装置に変えてしまう呑兵衛なのだ、ならば酒に合うスポーツを考えるのが最も生産的であろう。

 この時点で、競技場で酒を飲めぬような競技は生観戦の対象から外れる。

 ゴルフなども酒を提供する場所はありそうだが、ギャラリーとして移動するのであれば飲んでいる余裕はない。

 駅伝の沿道応援なども以ての外であり、武道場で飲むというのも気が引ける。

 よくよく考えてみれば、そうした条件を満たしやすいのは野球であり、サッカーであり、相撲であるのだろう。


 特に野球は試合展開が緩やかであるのもあって、飲みとの相性が非常によい。

 球場でいくつかつまみを買い求めてから、売り子が回ってくるのを見計らってビールをる。

 ちと高いなとぼやきつつ、夜空貫く白球を周りの熱狂と共に見上げる。

 溜息は歓声にかき消され、唇の上で弾ける泡の心地よさに、もう一杯を求めようと声を上げた。


 熱狂的なファンからすれば塩でも撒いて追い払いたい人種なのかもしれないが、その塩を摘まんでさらに飲むぐらいの気概を持った人間を呑兵衛という。

 我が事ながら何とも意地汚い。


 その一方で、サッカーや相撲となると展開が急であるため、どうしても合間に飲むという意味合いの方が強くなるのではなかろうか。

 相撲の方はまだ取り組みの合間に時間が空くため、飲みの流れを作りやすいというのが大きい。

 それに肴として売られているものが心憎い。

 各力士にあやかった弁当というのは、サッカーや野球でも似たようなものを見たことがあるが、丼や単品にない強みがある。

 それは小さいものを摘まみやすいという点であり、肴として長持ちする。

 流石に序ノ口から飲み始めては結びの一番の頃には前後不覚になってしまうが、幕下からでも長丁場となるためゆっくりやれるというのは嬉しい。

 加えて焼き鳥がよく酒に合う。

 折角の土俵に力士に着物にと最高の舞台に上がる以上、酒をいただくというのが呑兵衛としての礼儀だとは思うのだが、それにやや甘いタレの焼き鳥というのは誰が考えたものか。

 力士が験を担いで考案したというのは事実なのだろうが、それ以上に呑兵衛然とした力士がいたのではないかと勘繰かんぐってしまう。

 ではない、我々の仲間が。


 飲酒のできるサッカー観戦はまだ体験したことがないが、ひとつだけ気にかかるのはハーフタイムまでの長さである。

 サッカー観戦に最適の酒はビールだと思うのだが、これをハーフタイムまでの間もたせようとすると、どうしても温くなってしまうだろう。

 野球のように売り子が回るというのであればまだ良いが、それにしても一瞬で勝負展開が変わる緊張を四十五分以上も保ち続けるのは厄介だ。

 呑兵衛としては四分割してもらって少し休憩を入れてもらえると飲み易いのだが、そのようなことを言ってしまえば、サッカーファンからは大顰蹙ひんしゅくであろう。


 そう考えると、やはりサッカーは飲み屋で酒を動かずとも受け取れる中でいただく方が理に適っていそうである。

 パブでフィッシュ・アンド・チップスを摘まみながら、瓶ビールをる。

 店内が熱狂で包まれるときに集中すればよいというのもありがたい。

 流石に底から街を練り歩くような精神は持ち合わせていないが、その後の寂しくなった店内でマスターと語らうのはまた情緒があって良さそうである。


 そのような観戦飲みに、この春以降はまた繰り出したいものである。

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