第12話 呑兵衛よ、安く飲め(一)

 以前、家で涙ぐましいほどに節約をしながら飲むという話をしたが、たまには外にも出たくなるというのが人情だ。

 その際に行きつけの飲み屋に立ち寄って、というのを繰り返してしまえば財布がいつの間にか軽くなってしまう。

 外での高揚感を保ちつつ、さりとて安く仕上げようと思うのであれば、それなりに飲む場所を吟味せざるを得ない。

 そこで、何回かに分けて紹介できればと思うのだが、家の中で書く以上は臨場感が薄れてしまう。

 可能な限り保ち続けようとは思うのだが、それは許されたし。

 あまりの内容にがめついと言われてしまう可能性もあるが、呑兵衛はそもそも卑しいのだから仕方ない。


 まず外で飲む上での条件は、しっかりとことである。

 当たり前の話ではないかと言われてしまいそうだが、この条件を満たすのはなかなかに難しい。

 例えば、おつまみ二品にドリンク二杯の「せんべろ」であれば、ちょうどエンジンがかかってきたところで打ち止めとなってしまい、不十分である。

 流石に千円でこのご時世に満足するのは難しいので、二千円ほど使うことを前提としたい。


 そうなると最初に登場するのは「餃子ぎょうざの王将」であり、餃子とジャストサイズの焼き飯を軸に組み立てていく。

 ここで中華料理だからと紹興酒しょうこうしゅや中ジョッキに行くのでは、あっという間に予算を超えてしまう。

 そこで日本酒の熱燗あつかんを二合り、それから焼酎のロックを氷抜きで二杯る。

 もしくは大ビン三本と餃子二皿もいいが、より深いものを求めようとするなら日本酒と焼酎の組み合わせをお勧めする。

 なお、焼き飯だけで済ませればなお安上がありなのだが、流石に餃子をいただかずに出られるほど我慢のできる呑兵衛はあるまい。


 ファミレスで名前が上がるのはガストだが、こちらはハッピーアワーでビールやサワー・ハイボールなどしかなく少々量を飲む必要がある。

 数年前に、まだハイボールを一杯二百十円で出されていた頃に伺ったのだが、その際には七杯か八杯目あたりでやっと落ち着いたように思う。

 これでは酒だけで目標金額を超えてしまうため、安い日々使いのできるイタリアンレストラン「サイゼリヤ」を推したい。

 ここでは百円のグラスワインに目が行く方が多いようだが、本物の呑兵衛は「マグナム」を潔く頼もう。

 一本千百円で一リットル半の大容量であり、これならばミラノ風ドリアとフォカッチャなどを頼んでも目標金額で収まる。

 私も三度ほど頼んだことがあるが、一度は飲み切れずに持ち帰ったほどだ。

(店側も持ち帰りができると初めに紹介していた)

 誇大広告抜きの「せんべろ」として君臨する絶対王者は、いつか越えるべきアルプスのように気高くそびええ立っている。


 安く飲むという観点では「𠮷野家」も選択肢に入る。

 牛丼チェーンでは他にも松屋、すき家などがあるが、この中で𠮷野家は日本酒を置いているため呑兵衛の友の筆頭と言うべきであろう。

 普通に飲むだけであれば牛皿やお新香などを頼んでゆったりとるのだが、少しでも安くと思うのであれば、牛丼の並盛をつゆだくで頼む方が良い。

 汁の染みたご飯は十分に酒の友として成り立ち、七味をぱらりとやって日本酒でるというのは独特の風情がある。

 時に親の仇のように紅しょうがを載せる方も目にするが、呑兵衛は箸休めに摘まむ程度あればそれでよい。


 こうしたチェーン展開のお店であれば、広く安い飲みを享受できるのだが、中にはこうした場所で飲むのは人目が気になるという方もいらっしゃるかもしれない。

 しかし、呑兵衛は人目のために飲むのではなく、身体の求めに応じて飲むのであり、それを些細ささいなこととして捉える胆力が必要である。

 そして、こうして積み上げた節約がいつかの飲み屋に繋がり、呑兵衛の至福に繋がるのである。

 いやしく意地汚く鮮烈に飲んでやろうではないか。


 ただ、今回のような飲み方しかしないのであれば、それはまた呑兵衛として違和感を覚える。

 あくまでも呑兵衛としてのの範囲で、と今更ながら付け加えておこう。

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