第11話 酒場のメリークリスマス

 呑兵衛のんべえが年中行事について語る時、そこには必ず酒がある。

 言い換えれば行事という建前を利用していつも以上に飲もうとしているだけなのだが、高揚感を抱えている分だけ楽しいというのは確かなことだ。

 その一方で乱痴気騒ぎに加わる気など到底なく、酒が不味くなると逃げることが多い。

 あいや、すみません、格好つけた言い方をしておりやすが、混ざるのが怖いのが呑兵衛なんでございやす。

 などと戯れながら、この行事と酒の話もしていきたい。


 それで、今回は間近に迫っているクリスマスが主題である。

 学生の頃であれば、何もなくバイトに出て帰る自分の姿に之でいいのかという強迫観念のようなものを抱いていたが、二十代も半ばとなるとその気楽さが板についてきた。

 傑作であったのは、広島に暮らしていた頃、近所にイタリア料理の店ができたので足しげく通っていたのだが、その店で初めてのクリスマスディナーを「独りで」予約したことであろうか。

 まだ広く知られる前であったためにできたことだが、一人だからとおろそかにせず、丁寧に迎えていただいた。

 当時は料理を写真として記録に残す習慣がなかったために、その味の記憶しか残されていないが、ワインボトルを一本空けてなお飲み続けたことは鮮明に覚えている。

 テーブルで優雅なひと時を楽しむカップルを尻目に、酒と料理に没入した呑兵衛はいつもの飲みの延長線としてたのしんだものだ。

 さすがに今、広島を訪ねてそのようなことをしようとは思わない。

 その店も知られるようになり、手間をかけさせる訳にはいかないのだ。


 呑兵衛は季節感を大事にするが、それをあえて破ることもある。

 その典型が昨年のクリスマスであり、電気圧力鍋を買い求めてどて煮を作るという何の関連性もなさそうなことをした。

 一応、某競馬をモチーフにしたゲームに合わせたため全く無関係という訳ではないのだが、こうした逆張りの遊びもまたたまには楽しい。

 ただし、これを繰り返すようでは単なる天邪鬼になってしまい、見られたものではなくなってしまう。

 何事も程々が大切なのだ。


 例年であれば、流石にローストチキンなどは買い求めないまでも、総菜などを買い求めてそれでワインをることが多い。

 赤にするか白にするか、はたまたスパークリングにするかはその時の気分次第ではあるが、西洋のの生誕を祝う以上、それに合わせる。

 自分でさかなこしらえるときには、ビーフシチューなどのシチューをメインにしてしまうことが多い。

 この時期ともなると、家の中は冷え込んでしまうため、身体を温められるものの方がよい。

 それにシチューはご飯にかけるかどうかの論議もあるが、呑兵衛にはまず立派な肴である。

 バゲットで皿をぬぐいながられば、日本の知るものとはまた違った様相で面白い。


 子どもの頃はクリスマスを子供のためのイベントと思っていたが、今となっては大人のためのイベント、いや呑兵衛のためのイベントではないかと思うようになった。

 無論、敬虔けいけんなキリスト教徒であれば全く違う姿を見せると思うのだが、あくまでも行事の一つと見るそれ以外の呑兵衛はそれに合わせてイベントを催す店に集い始める。

 有体ありていに言ってしまえば、「接待を伴う飲食店」に集い、なじみの客と笑いながら女の子に相手をしてもらうのが楽しいのだ。

 鼻の下をのばした呑兵衛は、いつもと違うワインなぞを傾けたり「シャンパン」を開けたりしながら、年末に向けての英気を養う。

 ともすれば見慣れぬケーキなどを出され、しょうがねぇなあと言いつつ、あるいは苦虫をかんだように、あるいは満面の笑みでいただく。

 馴染なじみからプレゼントをもらいつつ、また近いうちに伺うよと泡沫の約束を交わす。

 そのような呑兵衛らしい社交のひと時が、我々にとっては何より嬉しいのだ。


 今年はそのように過ごせれば……という切ない願いを抱えながらスケジュールを確かめれば、繁忙期の只中であるために叶いそうもない。

 せめて何か気の利いたものでもいただくかと思案しつつ、いよいよ迫る年の瀬を意識するのであった。

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