第10話 呑兵衛色を好む

 呑兵衛のんべえといえば酒にいやしい人間と繰り返し自己紹介しているが、酒とさかなにしか興味を示さないという訳ではない。

 人並みかそれ以上に欲望に忠実で、下世話であり、飲みの場にあらゆるものを求めようとする。

 それは酔いが深くなるほど強くなり、財布の中身は比例して薄くなる。

 何を言いたいかといえば、呑兵衛もまた婦女子の接待に心を動かされるということだ。


 そもそも飲み屋街を見渡せば分かることだが、スナック、キャバクラ、ガールズバーと「女性と酒を楽しむ場」というのは相当に多い。

 会社の接待や酒よりも女が好きな人も用いるのだろうが、飲み屋街の主役である呑兵衛もまたそうした店に立ち寄るからこその件数である。

 何より、呑兵衛はいくつか行きつけの店を持っているのだが、その中にいわゆる「接待を伴う飲食店」を多くの場合は含むものだ。

 いや、含まぬというのであれば呑兵衛ではなく酒飲みの類か何かだと思う。

 あまりムキになって声高に言い続けていると、私が余程の女好きと思われてしまいそうではあるが、既に呑兵衛と自称しているため怖いものではない。


 私の場合、就職をしてからそのような場を探したのだが、どうしてもまだスナックは敷居が高い気がして及び腰となっている。

 臆病者めと言われてしまいそうであるが、その代わりにガールズバーを見つけてはそこに重点的に通うことが多い。

 今で既に六件目ではないかと思うが、そこで繰り広げられた悲喜交交ひきこもごもは以前のエッセイで触れたためここでは紹介しない。

 今回論じていきたいのは、それよりも呑兵衛がその場でどのように在るべきかということである。

 店の良ししや女の子に求めているものはまた改めて語りたい。

 あまり一度に語り過ぎると、ボロが出てしまうので……。


 さて、最初にして最大のポイントは、店の外に様々なものを持ち出さぬことである。

 これは呑兵衛が酔うと備品を持ち帰ってしまうからという訳ではなく、相手をしてくれたとの関係も、その思いも置いて帰るべしということだ。

 まだ飲みすけとして駆け出しの頃であれば仕方もないが、三十路に入ろうものなら線引きができぬようでは目も当てられない。

 もちろん、店の中で飲む間はその情を押し出してよいと思うのだが、よもやそのの帰りを待ってつけようものなら呑兵衛だけではなく人として終わってしまう。

 ここで線引きが難しいのは、古くでは年賀状などの手紙、今ではネット上での関係であるが、挨拶あいさつや日常会話までであればまあ呑兵衛としての一線は守られていよう。

 あくまでも飲みの場というファンタジーを侵すことのないように気を付けられたし。


 次いで、金をしっかり払うことが挙げられる。

 当たり前と思われるかもしれないが、ツケ払いや度を過ぎたクレジット払いをしているようでは呑兵衛として身が持たなくなってしまう。

 かく言う私もリボ払いで危うくなったことがあり、それが怖くてクレジットカードは全て破棄してしまった。

 ツケ払いに関しては店が良心に従って返してくれることを前提にしているが、良心を凌駕りょうがするのが困窮こんきゅうである。

 持続可能な呑兵衛ライフのため、絶えず持ちうる範囲での利用を心がけたい。


 そして、できる限り店の方とも話をせよというのも意識している。

 私はすぐに話してしまう方ではあるのだが、そうでない呑兵衛も中にはあるだろう。

 ただ、お店の方と話をするというのは何か下心を疑われそうであるが、自分の居場所を確保しておくためというのが最も大きい。

 女の子の入れ替わりは「卒業」などと呼ばれるが、急に訪れることも多い。

 ねんごろにしてもらっていたが失せてしまえば、そこに空いた穴は特に大きく、すぐには埋められないものだ。

 こうした時にお店の方を知っていれば女の子への依存度が減り、やがて足が遠のく結果になるかもしれぬが、心の欠けが僅かにでも早く治る。

 これが行き過ぎると店の方とばかり話してしまい、女の子の出る幕が失われてしまいかねないのだが、それはそれでよいのだ。


 呑兵衛がそこで求めるものは確かに女の子の接待なのかもしれないが、その実はまた別のところにあるのだから。

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