第9話 ソウル・オブ・フラワー

 呑兵衛のんべえ酒戦場しゅせんじょうといえば居酒屋であるが、それ以外も飲み屋になるという話は先に述べたとおりである。

 そのため、様々な飲食店と呑兵衛の在り方についても個別に論じていくべきとは思うのだが、まずは手始めに粉もののお店を取り上げたい。

 久しくお好み焼きをいただいていないというのがその理由であるが、そうなると先に立ち上がってくるのはたこ焼きとなる。


 余談になるが、阪神の辺りに勤めていた頃、社員が軒並みたこ焼きを焼けると伺って度肝を抜かれたことがある。

 長崎生まれの私はたこ焼き器を家で見たこともなく、故にたこ焼きを家でこしらえたこともいただいたことすらもなかった。

 無論、たこ焼き器の種類や熱伝導の違いについて熱弁されたところで、飲んでほぐれた頭にもかかわらず、一ミリたりとも入ってこない。

 なるほど、文化の摩擦というのはこのようにして起こるのだなと妙に納得してしまったのだが、そのような私もついぞ今年になってたこ焼きを試みに作ってみた。

 準備の時点で既に手間取ったものであるが、実際に焼き始めてみるとやることの多さに目を回し、気付けば生地が固まり出して上手く丸に収められない。

 竹串を用いての悪戦苦闘の末に出来上がったたこ焼きは、何とも不格好で、それでもソースにマヨに青のりにと彩れば、ウィスキー・ソーダが進むから偉大だ。

 この時はたこを買いそびれていたため、中身はウィンナーと蒲鉾になってしまい、たこ焼きとは別の意味でも呼べぬ代物になっていたのだが。


 話を戻すが、さかなとしてたこ焼きを見た時、個人的には少々扱いに困るところがある。

 たこ焼きを店で食べながら酒をると、中が非常に熱く、また一口が大きいい。

 猫舌には辛い所があるのだが、それよりも問題はその大きさだ。

 半分に切りながら食べることもできないではないが、そうなるとたこの偏りが出てしまい、その価値が半減してしまう。

 一方、肴としていただくには少々大きく感じることもあり、この按配に悩みながら相好そうごうを崩していただくのが常だ。

 ただし、ジャンボたこ焼きなるものについては、流石に肴としたことがない。

 なんでも大きければよいというものではなく、飯であればともかく呑兵衛にはちょいと厳しい大きさだ。

 インパクトだけはあるのだが、呑兵衛にとってそれはたこ焼きというだけで十分である。


 粉ものといえば欠かせないのが焼きそばであるが、居酒屋では流派によって頼むタイミングが変わる一品も、専門店であれば素直に楽しむことができる。

 ビールの中ビンもいいが、サワーでも頼んで少しずつ摘まめば長持ちする立派な肴だ。

 叶うことなら目の前の使い古されつつもよく磨かれた鉄板を前にして、店主の鮮やかな手つきを脳内実況しながら頂けるとなおよい。

 一つだけ耐えねばならぬのが、これは粉ものの店に共通することではあるのだが、注文した品が来るまでソースの香りと焼き上がる音響と跳ねる具材を前に酒を控えることだ。

 きっぱらに酒を入れるのはと躊躇ためらいつつ、私などはサワー二杯までは仕方なしと割り切っている。


 広島に暮らしていた頃は、仕事が早く終わると近所のお好み焼き屋に寄り、ひとしきり飲んで帰ったものだ。

 その頃から変わらないが、お好み焼き屋となると、それも広島風の店ともなると《《待て》》の時間が伸びてしまうため、必ず先に何かを頼むようにしている。

 サワーと焼きウィンナーのような軽い肴を摘まみながら、カウンターでたまたま一緒になった方と語り合う。

 時には得意先の方と仕事を離れて話をし、時には熱烈なカープファンの話を伺い、時には観光客と「居酒屋イングリッシュ」で親交を深める。

 然程さほどに焼き上がりの待ち時間を気にすることもなかったのかもしれないが、一方で酒と肴があったからこその話なのかもしれない。


 今でもふらりとお好み焼きを食べに出かけるが、広島の頃に比べるとどこか物足りなさを感じてしまう。

 果たして味に違いがあるのか、それとも足しげくお好み焼き屋に通うことがなくなったためか。

 そんなことを鉄板に浮かぶ湯気を眺めながら、遠い陽炎でも求めるかのように飲みつつ思うのはアラフォーとなった私である。

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