第7話 呑兵衛の青い空

 外で飲むということに、罪悪感を覚えて自重するのは普通の人であり、その罪悪感をもさかなにして飲んでしまうのが呑兵衛のんべえである。

 呑兵衛とはいつでもどこでも隙あらば酒のことを考えてしまう人種ではあるのだが、だからといっていつでもどこでもるという無節操な人間ではない。

 少々話が逸れてしまうが、いまだに飲酒運転をするような人間がいる。

 酔いがめていないのに気付かずというのは分かるが、飲み終えてすぐに運転するような確信犯はとても擁護する気にはなれない、

 私なぞは飲んでしまうとたちまち判断力が鈍ってしまい、故に飲み屋のに気前よくすぎてしまうのだが、だからこそ車に乗ろうなどという暴挙はできぬときもめいじている。

 呑兵衛とは獣にあらず、されどいやしく生きるものとして世に在らねばならない。


 話を戻せば、呑兵衛が外で飲むというのはそれなりのが必要となる。

 その典型が祭りであり、的屋を回りながら片手に酒を、片手に肴を持って飲み歩くというのは何とも幸せなひと時だ。

 焼きトウモロコシが歯に詰まるのに苦笑し、ちょいと塩の利き過ぎた肉の串をビールで流し、金魚すくいを岡目八目で眺めるというのは他では味わえない。

 近頃はやたらと何々の賞を受賞しただの、どこそこで人気だのと掲げる店も目につくが、的屋の飯に贅沢ぜいたく品が並ぶのは少々野暮ったい。

 見事にヘラを打ち鳴らして仕上げられる、何の変哲もない焼きそばなどが何よりのごちそうであり、何よりの肴である。


 この最上級の祭りが、広島は西条の酒祭りであるのだが、以前何かで語った通り街そのものが飲み屋になったような独特の雰囲気は呑兵衛にとっての楽園である。

 心の思うままに酒をり、この日ばかりはと言いながらいつも緩んでいる財布を気にせず肴を求めていただく。

 袖振り合うも他生の縁とでも言うかのように、導かれた呑兵衛たちは自然と乾杯をしだす。

 それこそ何かのスポーツイベントにも似た一体感がそこには在り、外という解放感も相俟あいまって酒量がかさんでいく。

 へべれけに酔って帰る時の幸せは、やがて二日酔いによってぬぐわれるのだが、それもまた良い思い出となる。


 遠出をした際にも、出店で売られていれば外で酒をいただくようにしている。

 これは塩梅あんばいが難しく、観光地でも酒を飲むべきでないという雰囲気がある場合には、素直に店で飲んでからほろ酔い加減で練り歩く。

 このような時の要点は夜と観光に備えて酒量を控えることであり、あまりに飲み過ぎて足に来るようでは呑兵衛失格と言えよう。

 かく言う私も一度やらかしたことがあるのだが……。


 初詣はつもうでに出るとお神酒みきが振舞われるが、これもまた外で酒を飲む好機である。

 除夜の鐘などではらいきれぬほどの煩悩ぼんのうを抱える呑兵衛は、うやうやしく参拝する姿を見せてから、ちょいと一献引っかける。

 この時、知り合いのが巫女をしていたため一気に酔いのめた経験もあるが、


 初詣 今日を限りの 乙女かな


などの迷句を残していることから、りてはいないようだ。

 まあ、懲りるようであれば嬉々として境内で酒をいただく姿など見せる訳もなく、神社をすることもないのだが……。

 これを称して、三社参りと呑兵衛は言う。


 コロナ禍に入ってからは少なくなっていたが、広場を借り切っての飲食イベントもまた酒を外で飲むよい機会である。

 キッチンカーなどを利用して振舞われる料理を肴に晴天の下でいただく酒というのは、いささか呑兵衛らしからぬ爽やかさであるものの、ことに旨い。

 なかなかクラフトビールを外で飲まぬ、安定志向という名の旧態然たる呑兵衛もとばかりに自由にる。

 最も呑兵衛の持つものが解き放たれる空間といえよう。


 とはいえ、酒が飲めれば何でもよいという訳ではない。

 とある男女がこのようなイベントに立ち寄った際――所謂いわゆる逢引あいびきというものだが、席を取ってから酒と肴をあがなおうとしたとき、女がおもむろに鞄から弁当を取り出した。

 それを男はいただいたようだが、この二人は長くは続かなかったという。


 呑兵衛はかような場を乱す在り方を見ると、たちどころに醒めてしまう生き物なのだ。

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