第5話 懐に優しく 自分に甘く

 呑兵衛のんべえとは生活する上で酒を切っても切り離せぬ者だが、そうなると必然的に金がかかる。

 試算してみると分かるのだが、一か月を三十日として一日四合、一升二千円の日本酒を飲むとすれば、二万四千円なり

 電卓を弾きながら思わず冷汗を垂らしたが、これに肴が加わり行きつけの飲み屋にも顔を出せば、より金がかかる。

 煙草たばこを吸わない理由を「酒に金がかかるから」とうそぶくのだが、あながち間違いとも言えまい。


 何とも世知辛い話であるが、よき呑兵衛を全うするには質素倹約の精神が欠かせず、従って懐に優しい飲み方を心がけねばならぬ。

 今回はそのような飲み方について触れていきたいが、外でのそうした飲み方は後日に譲るとして、今日は晩酌をどのように安く充実させるかについて論じたい。


 まずはいただく酒の選定となるが、先程の試算で一升二千円としたのは私の愛する通潤つうじゅん酒造が普通酒をほぼその値段で出しているためだ。

 これをさらに量販されている酒に変えれば出費は抑えられるのだが、そこで悩まされるのが味との釣り合いである。

 買ったはいいもののなんだか進まぬという酒もあり、そのような酒を無理して飲み続ければどこかに変調をきたしてしまいかねない。

 呑兵衛が何を贅沢ぜいたくなと仰るかもしれないが、あくまでも呑兵衛はいやしくも酒を存分に楽しむ生き物である。

 いくら酒好きでも実験用エタノールやを飲るようでは呑兵衛とは言えぬ。

 そこでいくつかの吟味を重ねて一本の酒に辿り着くのだが、これが千円台の半ばで収まれば十分な倹約となる。


 ここまではあくまでも日本酒の話であるが、さらに酒の種類を広げれば焼酎やウィスキーなどの蒸留酒も入り、身体に合うようであればより懐に優しい。

 私はここ数年、晩酌に四リットルのウィスキーを愛飲しているが、五千円で半月以上はもつため非常に心強い。

 これを昔はもっぱらハイボールでっていたが、お湯割りに黒胡椒こしょういて加えるのを教えられてからは、秋から春にかけてこの飲み方を続けている。

 焼酎は私の場合、気を違えたかのように飲んでしまうため、普段は飲まぬようにしているのだが、読者諸兄にはこれも心強いだろう。


 一方の肴であるが、これはいくらでも工夫の余地があるだろう。

 旬の安くて旨い食材を選び、努めて贅沢を避ければよいのだが、それ以上に独り暮らしで晩酌を続けるには「無駄を省く」ことが肝要である。

 どうしても一人分の食事を準備するとなると、買ってきた食材を数回に分けて使う必要が出てしまい、そのうち食材は劣化してしまう。

 そこでポイントとなるのは「常備菜」と「自炊の緩急」であり、これを活用すれば倹約もそれなりにたのしい。


 「常備菜」は特に説明する必要もないが、一定量の酒肴をまとめてこさえておき、日々の膳に並べることである。

 この優れた点は、小さな酒肴で卓上を埋められるところにあり、呑兵衛としては少しずつ手を変え品を変えながら晩酌を楽しむことができる。

 ただ、これだけで一週間を埋めてしまうと飽きが来てしまいかねず、そうなると呑兵衛としては居た堪れなくなってしまうため工夫が必要である。


 そこでもう一つの「自炊の緩急」が顔を出す。

 どうしても自ら作ることに執着すると、一から作ろうと意気込んでしまいがちだが、加工済みのものを用いるのは悪いことではない。

 愛用する野菜炒め用の具材などは非常に便利で、後は肉さえあればあっという間に一品出来上がる。

 何より複数の食材が程よく入っており、食材を無駄にせずに済むのが嬉しい。

 冷凍食品や買ってきた総菜にひと手間を加えて一品としても良い。

 かつ煮を作ろうと思ってとんかつから揚げていては、かえって時間も金も浪費してしまう。

 手料理を絶対的なものとせずに選択肢の一つとすることができれば、より気楽に倹約ができる。


 何を甘いことをと仰る方は、もしかすると呑兵衛ではないのかもしれぬ。

 そもそも本当に金が惜しいのであれば酒など飲まぬ方が良い。

 楽しみと現実との間を埋めるものが、あくまでもここでいうであり、元々から自分に甘い人間がそれを少し律するのだ。

 多少の緩さがなければ続く訳がない。


 あまりに目くじらを立てて安い飲み方を求めるようであれば、いずれ自分を大いに崩してしまう。

 「酒は百薬の長」という言葉は、愉しみあってのことと知るべし。

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