第39話 ゴドウィ河東岸の王


 「ナタナエレ皇帝。ご報告申し上げます。エスターシュタット帝国のローゼトゥール軍は、戦わずして、祖国に逃げ帰りました。われらがロンウィ将軍の、綿密な戦法に、恐れをなしたものと思われます」


 さきほど、早馬が到着したばかりだ。

 皇帝に報告する戦争大臣の鼻息は荒い。


「敵3000に対して、味方1000。少ない手勢で、ロンウィ軍は、本当によくやっています」


 リュティス政府は、ロンウィ軍が、現地の辺境国から志願兵を受け入れていることを知らなかった。

 実際のところ、新兵達はまだ、使い物にならなかったのだが。


「ヴォルムスが」

低い声で皇帝はつぶやいた。


 中央軍に兵や、物資の補給を滞らせていたのは、ナタナエレの指示だ。

 彼は、ロンウィ・ヴォルムスを弱らせたかった。


 皇帝よりも、兵士らに人気のある、ロンウィ・ヴォルムス。

 優れた戦法。そして、前衛の先頭で突撃していく勇敢さ。


 高潔な将軍として、彼は、敵国の民にさえ、慕われていた。賄賂を一切受け取らず、無理な税を課さないからだ。

 敵の将校に至っては、賞賛の気持ちを伝える為に、彼に会いに来る者さえいるという。


 ロンウィ・ヴォルムスは、皇帝ナタナエレにとって、危険な人物だと言えた。


 ……そのうえ彼は、


「ロンウィ将軍に、褒美を与えましょう。剣とか、楯とか、何か形に残るものがいい。それに、皇帝の紋を入れるのです」

 戦争大臣は浮き浮きしていた。

 彼は、ロンウィの給料に、多額の未払いがあることなど、すっかり忘れ去っていた。

「ゴドウィ河東岸は、エスターシュタットや、北のホルムガルトなど、大国に対する要衝となっています。そこを、ロンウィ将軍のような有能な司令官が守っているとは、なんと心強いことでしょう!」


「彼には、ずっと、ゴドウィ河東岸にいてもらう必要があるな」

「そうしてもらえれば、どんなに心強いことか!」

「あそこに、国を作ろう」


「国?」

突然の話題の転換に、大臣は、戸惑った。

「あの辺りは、辺境国や、貧しい諸侯らの領土の集まりで……」


「それらを集約して、一国とするのだ」


大臣にはまだ、皇帝の意図が呑み込めなかった。

「ゴドウィ河東岸は、湿地ばかりの痩せた土地です。風土病も多く、住むには、過酷な環境です。貧しい土地を集めても、貧しいだけではないでしょうか。税収が増える見込みはありません」


「なるほどな。だが、ヴォルムスがなんとかするだろう」


「ロンウィ将軍が?」

ますます話が見えなくなり、大臣は言葉に詰まった。


「ヴォルムスを、王にする。ゴドウィ河東岸に作る国の」


「王!」

素っ頓狂な声を、大臣は上げた。


「おかしいか?」

 冷たい声に、彼は、はっとした。


 そうだった。

 ここにいるナタナエレ自身、軍人から成り上がった皇帝だ。

 残忍な軍事クーデターの果てに、独裁者が誕生した。


「いいえ」

 即座に大臣は頭を垂れた。

 新興リュティス帝国に於いて、ナタナエレ皇帝の意志は、絶対だ。


「ロンウィ・ヴォルムス将軍を、ゴドウィ河東岸地方の王に。さっそく、手はずを調えましょう」


「確か、彼はまだ、独身だったな?」


 さりげなく、ナタナエレは尋ねた。

 そんなことは、知っている。

 彼のことは、どんなに些細なことだって、ナタナエレは把握していた。


「御意」

「王妃には、わが娘、オルフィーヌが、良かろう」


 息が詰まるほど、大臣は驚いた。


 皇帝夫妻には、子がいない。

 15歳のオルフィーヌ内親王は、皇帝の姪だ。2つ年上の兄と共に、皇帝の養子になった。


 オルフィーヌ内親王には、いずれ、北の大国、ホルムガルトの王子に嫁いでもらおうと、大臣は考えていた。


 そうすれば、宿敵エスターシュタットは、リュティスとホルムガルトに挟まれることになる。縁戚とあらば、ホルムガルトは、リュティスの味方になってくれるだろう。


 遠交近攻えんこうきんこう

 戦法の基礎だ。


 それなのに、掌中の珠ともいうべきオルフィーヌ姫を、あっさりと部下ロンウィ将軍にくれてやるとは……。


「ヴォルムスを、わが一族に迎えよう。彼には、リュティス帝国に対し、絶対の忠誠を誓ってもらわねばならぬ」


 大切な内親王を与えなくても、ロンウィ将軍は、皇帝に忠誠を誓い続けるだろうに、と、大臣は思った。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る