第3話 今のその姿を誇りに思え



 俺の姉は、立ち直りが早い人だ。

「グルノイユについて、私も一緒に行くわ」

 決して挫けない姉に、父が地団駄踏んだ。

「ロンウィ将軍が望んでいるのは、若くてイキのいい男の子なんだよ、きれいな娘ではなく」

「だからよ、お父様! 私が一緒に行って、二人の様子を観察……じゃなくて、監視してあげる!」


 今にも涎を垂らしそうな姉を、父が、ぎろりとにらんだ。


「ダメだ。敗戦国は、勝利国に従わなくてはならぬ、余計なことをしたら、領主の娘といえど、命の保証はない」

「大丈夫よ。だって、将軍は、敗戦国に対して、思いやりがあるっていうじゃない」

「将軍が優しくても、リュティスの皇帝は、そうではない。民のことを考えよ、ルクレツィア。高貴なるお前の祖先のことも。講和条約で、不利な取り決めされるわけにはいかんのだ。我々は、父祖の代から受け継いだ国土を守らねばならぬ」


 うちの祖先は、そこまで高貴ではなかったはずだが、そして、ここに辺境伯領をもらったのは、祖父の代からのはずなんだが。

 そんなことより。

 若くてイキのいい男の子を望んでいる?

 リュスティス帝国の将軍が?

 思わず俺は尋ねた。


「ロンウィってやつは、変態なの?」


「将軍の悪口を言わないで!」

半泣きで姉が叫んだ。父が頷く。

「ルクレツィアの言う通りだ。仮にもお前をご所望になられたのだ。ルクレツィアでなくて、本当に良かった……」


 うっかり本音が出てしまい、父は、こほん、と咳払いした。

 そんなに慌てなくていいよ、父さん。

 俺だって、姉さんが大事だもの。


「父さんと姉さんを護る為なら、俺は、どこへだって行くし、何だってする」


「よく言った! それでこそ、バーバリアンの公子!」

父は、ぽん、と膝を叩いた。

「ルクレツィアの言う通り、将軍は、人徳ある立派な方だと聞く。そこは、儂も安心している。というか、頼りない噂だが、今はそれを信じるしかない。バーバリアンの人質として、お前はきっと、丁重に扱われるだろう」


「はい、父上」


 姉さんではなく俺を所望したということは、俺が、バーバリアン公国の跡継ぎだからだろう。さもなければ、姉と違って地味で魅力のない俺を欲しがるわけがない。

 バーバリアン公国は、ゴドウィー河の東に渡河したリュティス軍の足掛かりとして、格好の位置にある。絶対に手に入れておかねばならない、軍事上の要衝だ。

 単なる捕虜として、俺は、リュティス軍の牢獄に監禁されるのだろう。

 暗いジメジメした牢獄に。


「姉さんと父さんの為なら。領民に危害が及ばないようにする為なら!」


 決して、屈するまいと思った。

 バーバリアンの公子として、最期まで、毅然として振舞うのだ。もし運悪く処刑されるようなことでもあったら、目隠しを拒み、自分から射撃の合図を出してやる。

 さすがに父が、唇を噛んだ。


「全ては、リュティス帝国が悪い。皇帝ナタナエレ・フォンツェルの強欲こそが、諸悪の根源なのだ」

「そうよ。ロンウィ将軍に罪はないわ。悪いのは、ナタナエレ・フォンツェルよ!」


 いや、そのナタナエレ皇帝の司令官として、我が国に攻めてきたのが、ロンウィ・ヴォルムス将軍、姉の言うところの「オシ」なのだが。


 父は、俺を案じて泣き出した姉を、しっかりと抱きしめた。きっと、俺を見据える。

「いいか、グルノイユ。これだけは言っておく。いついかなる時も、決して、バーバリアン公子としての誇りを忘れてはならぬ。今のその姿を誇りに思え」


「はい、父上」


 そうだ。バーバリアン、この清浄な領土を、悪鬼ナタナエレの手から、守らなくてはならない。領民達の土地を、守ってやらなくちゃ。

 征服者ロンウィ将軍に逆らうわけにはいかない。






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