第4話 形の獣人と時の獣人



 「カエル、だな」

目の前に平伏したカエルを見つめ、ロンウィ・ヴォルムス将軍はつぶやいた。

「はい、カエルです」

彼の副官、レイが返す。


「ずいぶん、小さいな」

「それは、カエルですから」

「俺は、バーバリアン公子を人質に、と所望したはずだぞ?」

「こちらがグルノイユ殿下、バーバリアン公の嫡男です」

「カエルだな?」

再びロンウィが繰り返す。

「はい。バーバリアンは、カエルの国です」


 ゴドウィ河東岸にあるバーバリアンは、カエルの国だということは、ロンウィも知っていた。


「だが、バーバリアン軍には、人もいたぞ?」

 平船で上陸したロンウィ軍に最初に突撃してきたのは、間違いなく人間の部隊だった。事前に渡河させておいた大砲で砲撃すると、あっさりと退散していったのだが。


 レイは頷いた。

「発情すると、人型になるのです」


 西の大国、リュティス帝国に対し、ゴドウィ河を越えた東岸には、大小さまざまな国がある。中には、獣人の国もある。彼らは、半分が獣で、半分が人だと言われている。


 この「半分」の定義には二通りある。

 ひとつは、ケンタウロスのように半身が人で半身が獣(魚類、両生類、他含む)である場合。これを、「形の獣人」という。

 もうひとつは、時間の問題。獣の姿で生まれ、発情を待って人の姿になるのか。またはその逆か。こちらは「時の獣人」という。

 なお、「獣」の中にはもちろん、鳥や両生類も含まれる。ゴドウィ河東側は、水妖の楽園なのだ。


「バーバリアン人は、時の獣人です」

 即ち、幼少期をカエルとして、残りを人として過ごすタイプだと、レイは補足した。


「カエル……」

 ロンウィは、バーバリアン公国との決戦を思い出す。


 ……。

 侵攻してきたリュティス軍に対し、バーバリアン軍は負け続けていた。経験ある古参の兵士がいなくなったのか、最終決戦でリュティス軍に向かってきたのは、若い、カエルの歩兵達だった。

 次々と河から上がってくる、緑のカエルの群れ。それが、何キロも続く。

 勇敢に、恐れることなく、リュティス軍目掛けて進んでくる、黄緑色の絨毯……。


「砲撃、準備!」

 ロンウィが叫んだ時だった。

 それまで整然と行進してきたカエルたちの目が、一斉に彼に注がれた。

「********」

 中程にいたカエルが、何か叫んだ。

 次の瞬間、緑の群れは、あっという間に踵を返し、退却を始めたのだ。


「……なんだ、あれは」


 こけつまろびつ、前にいるカエルを踏みつけ……。

 潰走するカエルの歩兵連隊は、壮大な眺めだった。まるで、草原そのものが、大風に吹き飛ばされていくようだ。

 ゲロゲロ鳴きながら、跳ねたり、仲間のカエルの上に落ちたりしながら、逃げ去っていく、もちろん、彼らには全力疾走だ。


 戦馬に跨り、剣を振りかざしたまま、ロンウィは、あっけに取られて、そのさまを眺めていた。

 泥臭い、沼の匂いがたちこめていく。

 彼にとって、ハートブレイクなことに、カエルたちが恐れているのは、まさしく、彼、リュティス軍将軍ロンウィなのだ。

 大混乱で逃げ惑うカエルの大群は、長らく、ロンウィのトラウマとなって残った。

 ……。


 「だって、バーバリアンの公子を捕虜にしろ、って、命令したの、将軍じゃないですか」

副官のレイは、不機嫌だった。

「私は、姉の方がいいって言ったのに。彼女はすでに人型ですからね。それも、すごい美女!」

「美女? それは惜しいことをしたなあ」

上の空で、将軍は答えた。


 その時、平伏していたカエルが顔を上げた。

「ゲロッ! ゲロゲロッ!」

ひどく強い声だ。


「ん?」

「?」

将軍と副官は顔を見合わせた。

「彼は、何と言ったのだ?」

「私にわかるわけないでしょ」

「なんてことだ。カエルは人の言葉を話さないのか?」

「こっちの言っていることは、わかっている筈なんですがね……」


 カエルの国には人もいる。というか、親はもちろん、兄姉も人の場合が多い。だからカエルの形をしていても、人の言葉を理解することができる。現に今、ロンウィ達の前に平伏しているバーバリアン公子カエルも、二人の会話は理解しているはずだ。ただ残念なことに、カエルには人の発声器官がない。「人」とのおしゃべりは、「発情」して人型になるまでお預けというわけだ。


「うーん、困ったな。どうしようか、これ」

「どうしようかって、さっきも言ったように、この子は、将軍ご自身が望まれたんですからね」

「だって、人のいいバーバリアン公に、愛娘を差し出せ、なんてむごいこと、言えないじゃないか」

「可愛い男の子を寄こせってのも、大概でしたよ?」

「そうか?」

「そうです」


「とにかく、このままでは役に立たない。彼のことは君に任せる、レイ」

「え? 私にはそんな趣味はありません。私は人型の女が好きなんです。あなたの副官ですからね、彼女らを落とすのは簡単……って、将軍! ちょっと、将軍ったら! 逃げないで下さいっ!」






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