第3話 Fカップ

 千花の発言に驚いた二人は、店内で大声を出してしまったことを反省し、居直った。

 テーブルに身を低く乗り出し、距離を縮める。



「せん太くんはね、お父様の会社で開発された機械なの。進捗はもう最終段階なんだけど、そのプロトタイプを私の家で実験中なのよ」



 普段の穏やかな千花に戻ったようで、おっとりとした優しい声だった。



「なんだ、ツキシロカンパニーの機械だったんだ。……んもう、驚かさないでよ」

「そうだよー。あたしたち、てっきり……。ねえ、紋ちゃん」



 安堵する二人に千花が続ける。



「ごめんなさいね。ネーミングと人型っていうのが紛らわしかったわね。あと、人型といってもその手で洗ってもらうんじゃなくって、せん太くんの中に入るの。機能はスゴイのよ。実際に体験中の私が保証するわ」



「……入る? えーっと、なんだかすごそうじゃん」

「ホント、ホント。気になるね」



 先ほどの妄想力とは裏腹に、物事を正確に理解するのはちょっと不安定な紋。

 好奇心をあらわにする一言で済ませてしまう木春だった。


  

「ふふふ、百聞は一見に如かず。じゃあ、二人とも体験してみて。是非!」



 愛深き美の女神様からの提案に、紋と木春は大はしゃぎだ。



「やったぁ、愛してるぜ、千花!」

「わーい、楽しみ」


「ちょうど明日は土曜日だし……そうね、午後二時に私のお家へ来てくれるかしら。せん太くんを体験してもらって、ついでにお風呂に入って、そのあとにお茶にしましょうよ。帰りは夕方にお送りするわ」



「おお、なんか今から待ちきれないよ! 千花の家も初めてだし、わたしもセレブデビューって感じ!!」

「紋ちゃん、あたしたちは一般人だよ。こっちに戻ってこようね」


「それじゃあとで住所を送信するわね。お友達をご招待するのは久々だから、なんだか私も嬉しいわ」



「よろしく、千花」

「ありがとね、千花ちゃん」



 そういって二人は今度は両側から、優しく千花に寄り掛かる。


 

「あらあら、まあまあ」

 


 面白おかしい紋と木春だが、自分の事を親身になって気にかけてくれる心意気が、千花にとって心地よかった。

  

 



 さて次の日。

 学校の最寄り駅で待ち合わせをした紋と木春は、バスに乗っておよそ五十分という距離を移動した。

 千花の屋敷は市街から数十キロ離れた森林に位置しており、路線バスではなんと終点だった。

 それでも道がきれいに舗装され、手入れが行き届いているのは、大変管理が行き届いている証拠だろう。


 ちょっぴり疲れはしたが、二人はなんとかテンションを沸き立たせ、バス停に降り立つ。

 もちろん他に乗客はいなかった。 


 バスのエンジン音が遠ざかると辺りは本当に静かで、たまに聞こえる鳥の鳴き声と、微かな木々のざわめきのみだった。

 

 軽く伸びをしながら、紋は来た道を振り返る。



「……なんかさ、木春。途中から気になってたんだけど、一体どのあたりから千花の家の敷地なんだろうね。終点だしさ、山の中なのに道はきれいだし、歩道と街灯あるし、木も整ってるし。いろいろと疑問だわ」

「そうだね、芝生のところも多いね。……銅像とかもあったよ」



 彼女の性格らしくTシャツに七分パンツというスタイルで、紋は軽く屈伸をし始めた。

 木春はというと、薄手のシャツにキャミワンピースといったシンプルな服装だが、こちらも良く似合っている。

 深呼吸で山の空気を味わうと、二人の気分はスッキリしてきた。



「まあいいや。それはさておき! 行くわよ」

「うん」


「えーと、着いたらすぐに入り口が見える、って千花は言ってたわよね」

「そうそう。……あれじゃない?」



 木春がそっと指をさす。

 確かに、バス停から舗装された道を目で追うと、門らしきものが見えた。

 


「ほんとね。よーし、手土産も持ってきたし、レッツらゴー!」

「ゴー!」



 歩み始めて十数秒後、ほどなくして二人は門に立つ。

 徐々に近づいてきた対象に、紋はすかさずつっこんでしまった。



「って、門でかッ! 映画かよ!!」

「ひえぇ。何も悪いことしてないのに、すごくドキドキするよ、紋ちゃん」

 


 目の前にあるのは、立派なレンガ造りの柱に取り付けられた、いかにもお金持ちの家にあるデザインの効いた黒い門扉だった。高さは背丈の倍以上はあるだろうか。

 確かに、映画などでは次のシーンでこの扉の向こうから番犬が唾を飛ばしながら数匹向かってきそうだった。

 一般市民の女子高生にとって、この威圧感は半端なものではない。


 黒光りする鉄の向こうでは、美しい庭園が広がり、更に奥の方でわずかに屋敷を確認できた。

 扉の向こうの美しさに気を取られていた紋が、はっと振り向いた。



「落ち着け、木春。わたしたちはお客なんだ。なにもびびることはないのよ」

「こ、これ、きっとローンアイアイとかいう門だよ!」


「……どこか違う気もするけど、今はスルーしておくわね。」

「だね、えへへ……」


 

 巨大な門は手動で開くはずもなく、しっかりと口を閉ざしている。

 紋は右側の柱に機械らしきものを見つけ、軽く観察した。

 サイズこそ同じだが、通常のインターホンとは明らかに異なる装置で、カメラレンズは薄っすらと赤く、対象者の網膜まで読み取りそうな雰囲気だった。外装も高そうな材質でできている。


 近づいてきた木春も顔を揃え、赤いレンズを覗く。

 


「……これ、だよね? インターホン」

「……うん、そのはず。しかし、何なのこのプレッシャー。ボタンを押したら、何か飛び出してきそうじゃん」


「ちょっと紋ちゃん、押してみて」

「分かってるわよ。心の準備が……。すーはー、すーはー」



 軽く息を整え、いざ手を伸ばそうとする紋の横で、木春が言い放った。



「開け、ゴマ!」

「ひゃぁっ!!」



 かなり緊張していたので、驚いた紋はリズミカルな二連打を決め込む。



「こら、木春! 連打しちゃったじゃないの!!」

「ははは、ごめんねー。」


「変な風に聞こえてないかな。怒ってきたりしないよね」

「お金持ちだし、大丈夫じゃない?」

  


 またいい加減な解釈を……、と紋が呆れていると、インターホンからよく通る女性の声が聞こえてきた。



『はい、連打ありがとうございます。どちら様でしょうか』



 どこかの歌劇団に所属していそうなカッコいい声で、二人は聞き入ってしまった。

 こういう展開になると、たいてい紋の方が進んで対応するケースが多い。

 姿勢を正し、レンズに向かって応えた。



「あの、千花さんの友人で滝沢紋っていいます。千花さんはいますか?」

『お嬢様のご友人でしたか、失礼致しました。話は伺っております』

「よかった、じゃあ……」

『それではここで問題です』

「え、なになに!?」



 このまま開門されるものと思い込んだ紋は、面食らってしまった。

 後ろに隠れていた木春も紋の肩を掴んで、心配そうだ。


 インターホンの相手は静かに続ける。



『千花お嬢様の好きな色は……』

「ああッ、ええとええと。……む、紫?」

『……ですが、本日のお嬢様は、何色でしょうか?』

「ぬあー、引っ掛けかよ! えーっと、下着の色よね。……木春、分かる?」


 

 紋は肩越しに尋ねる。



「うーん、赤や黒は見たことあるんだけどね。……じゃあ、今日は白で!」

『残念、本日はベージュです』

「あぁー! ちきしょう!!」



 もはや紋は礼儀の装いはさておき、インターホンの前で叫んでいた。

 木春も、うむむ、と唸っている。



『それでは続いての問題です』

「いや、だから何なのよ、コレ!」と紋。



 この場は完全に相手のペースに持ち込まれているようだ。



『お嬢様のバストサイズは、いくつでしょうか』

「うーん、私や木春よりはもうひとサイズ大きいだろうから……」



 返答するのが当然かのように、二人はまじめに相談しだした。

 今回も木春の方が詳しかろうと、彼女に回答を促す。



「木春、あんたよく千花にくっついたり、両手で抱き着いたりするでしょ。お触りしてるのも知ってるんだから、即答なさい」

「ふふふ、よくぞ振ってくれました。あの手のひらには収まり切れない豊満な果実。マシュマロのような柔らかさ。いつまでも触れていたいという欲望が抑えきれないそのサイズは! ズバリ、Fです!!!」



『……正解です』

「やったぁ!」

「やったね、紋ちゃん!」


 

 両手でハイタッチまでして喜ぶ風景は、傍から見れば何事かと思うことだろう。

 まさに仲の良いコンビだった。



「まあ、わたし達よりもう一回り大きいってんだから、およそで分かるんだけどね……」

「だねー。ちょっと、カッコつけちゃいました。でもほんとふわふわで、また千花ちゃんの声が可愛いの、コレが」



 少しの間があって、インターホンの相手は話し始めた。



『お待たせ致しました。それでは、お二方。これより……』

『んもー、ちょっと夏目。勝手にあれこれ変な問題出さないで頂戴』



 やや遠めではあったが、明らかに千花の声だ。

 高性能なインターホンは、直に話しているかのようにそのまま届けてくれる。

 彼女の性格らしく、別段怒っている風でもなく、通常運転のツッコミだった。


 優しく声だけが近づいた。



『ごめんなさいね、二人とも。今開けるから、入ってきて。私も迎えに行くわ』

「やっと千花が出てきたよ。ほい、了解ー」

「やっほー、千花ちゃん」


『中に入って、まっすぐ進んでもらえればOKよ』



 わずかに開錠の音が響き、門扉はゆっくりと両側に開きだした。

 この門から向こうの石畳は、明らかに質が違う。

  

 これまで背丈以上の分厚い壁に視界は遮られていたが、一歩を踏み出し、中に入った二人はただその光景に魅入るばかりだった。

 


「やれやれ、参ったね、こりゃ」

「……すごいね、紋ちゃん。なんていうか、広くてきれいで、まるで外国のお庭だよ」



 千花の絶賛するせん太くんにはあともう少しでお目に掛かれるが、ひとまず今はこの景色を楽しみながら二人は揃って進んだ。


 園内の小川や噴水の音が涼しげで、心地良く潤ってゆくような気分だった。

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