第2話 せんたくん

 紋と木春はなんとか気分を落ち着かせ先に食べることを済ませると、飲み物を片手に聞いた。



「ねえねえ、もっと詳しく教えてよ」と、紋は秘密の花園が見たくて仕方がないような勢いだ。

「どんななの? どれくらい大きいの? 泳げたりするの? 千花ちゃん」

「そうね、湯船でいうと、私達の教室くらいはあるかしら。洗い場を含めると、その倍くらい。男女別だから合わせると、さらにその倍の大きさかしら」


 返答すると、千花は「でも、サウナはないわね」と付け加える。

 どちらにしても、紋と木春はお金持ちのスケールに衝撃を受けた。



「ひえぇぇ! 水泳大会できるよ、紋ちゃん。年中無休でパラダイスだよ!!」

「ううむ、いいかん。わたし達一般人の物差しでは測りきれん。泳ぎ放題、脚も伸ばし放題、クラス女子全員でガールズトークもウエルカムの桃源郷だね。ああっ、でもそんなに広いんなら、掛り湯もしないで一直線に飛び込みそうだよ、わたし」

「ダメだよ、紋ちゃん。ちゃんとお湯に掛かってね」

「失礼ね! 一応簡単にシャワー浴びてからいつも入ってるわよ。……そのあと頭までざぶんと浸かっちゃうけど」

「ふふふ、そういうところはあたしの方が落ち着いてるよ。ちゃんと全身をくまなくシャワーで洗い流してから入るもの」



 木春はインテリ女子を装い、ふふんと優越感の笑みを浮かべて胸をはる。



「そういえばさっき木春ちゃんが言ってたけれど、二人とも身体を洗う順番はどう? それも結構大事なポイントよ」



 少し悪戯っぽい顔をしながら、千花が尋ねる。

 遠い眼をして思い出すように、まず紋が答えた。



「わたしはねー、まず腕から洗って、首、身体、脚ね。その次は頭で、最後に顔を洗って気合入れる感じかなー」

「紋ちゃん、腕から洗うのは何か理由があるの?」と、千花。

「タオルに石鹸つけて泡立てた時に、そのまま泡を伸ばす感じでスムーズだからかな。あと泡立ててるとだんだん力が入って、こう……ガッと洗っちゃうのよねー」

「紋ちゃんらしいわー。でもあまり強くこすっちゃいけないわよ。女の子の肌なんだから」

「ははは、そうかも……」

「それから恋でいうと、ここぞとばかりにハグしちゃう感じね。紋ちゃん強引そうだし」

「んな!」



 当たっているのか、そう遠からずという指摘だったので、頬を赤らめた紋は言葉をつまらせた。

 にっこり微笑み返すと、今度は木春へと顔を向けた。



「木春ちゃんはどう?」

「えっとね、お風呂に浸かってから、上がるでしょ。それで頭、顔、身体かなー。……って、上から順番になってるね」

「いい感じね。髪から洗うっていうことは、木春ちゃんの場合は、好きな子の事で頭がいっぱいになっちゃうタイプなのかしら」

「ひえッ! ち、違うよ。そういうコト、知らないよ!」

「まあ、木春ちゃんも赤くなったわ」


 

 このように結局最後のオチでは、毎回千花が一人勝ちするような形となる。

 それまでは相手の好きなように泳がせている点は、やはりお嬢様らしく侮れない。

 そうして静かに解説してくれた。



「正解かどうかは別として、よく言われているのはまず頭ね。シャンプーからトリートメント。それから身体。お肌は敏感だから泡で優しく洗ってね、紋ちゃん。それで最後に洗顔なの、木春ちゃん。これは毛穴に入っちゃったシャンプーとかを綺麗に洗い流す為ね。顔もこすっちゃダメよ。シャワーよりもお風呂のお湯で流す方がいいらしいわ。最後は軽く押さえながらトントンってタオルで身体を拭いておしまいよ」



 この間、まるで千花のその光景が浮かぶようで、紋と木春はさらにドキドキしてきた。

 声が心地よく耳に響き、何となく身体が温かくなってきたと錯覚するほどで、千花の髪や肌からも目が離せなくなった。

 もちろん、お風呂好きであれば周知の事柄なのだが、彼女が語ると何かしら特別感が漂うのだ。

   


「紋ちゃん、なんか千花ちゃんが美の女神さまに見えてきたよ」

「うん。なんともなまめかしいというか、女のわたしでも惚れちまいそうだってばさ。いや、でも千花の見た目はそれだけじゃないはず。他にも何か隠してるんじゃなーい? シャンプーとか、石鹸とか、まさかお湯そのもの!?」



 一般市民の漫才コンビが女神さま相手に尋問する様子はどこか滑稽だったが、軽く髪を触りながら千花は笑顔で応えた。



「まあ、ありがとう二人とも。そうね、確かにシャンプーやボディーソープなんかは、天然成分とか保湿とか、香りがいいものを使っているわね。あと、お湯の方は塩素を除去する入浴剤くらいかしら」


「やっぱりそっちなの!? うぅ、やっぱりいいものを使ってるのね」

「千花ちゃん、いい匂いするものねー」



 二人が羨ましがっていると、千花が続けた。



「でも、やっぱり一番は週に一回のご褒美かしら」と、うっとりするように声を漏らした。


「「 週に一回のご褒美!? 」」(紋&木春)


  

 ついつい紋と木春が声を大にするほど、お嬢様の態度と言葉には驚いた。

 賢い千花のことだがら、ただ高いものを使っているわけではないだろう、との想像はつくらしい。

 また、本当に身体のことを考えた物、施設、環境といったものが彼女の家には整っているはずだ。


 その千花がご褒美、と言ってうっとりするなど、余程のものに違いない。

 友人二人は直感で悟った。


 互いに顔を見合わせると、勢いよく椅子ごと千花へと接近し、挟み込んだ。いい香りが出迎えてくれる。

 この事態に一瞬きょとんとしたものの、千花は落ち着いて対処した。



「やっぱり気になるかしら?」

「あったり前でしょ。あんたが言うんだから、余程のコトよ!」

「そうだよ!お、女の子だから……じゃなくて、友達として興味津々になっちゃうよッ」



「あらあら、どうしましょう」

「ちょっと、勿体ぶらないで教えてよ。さもないと……うりゃうりゃ!」

「ねえ、千花ちゃんお願い~」



 そう言って二人は両サイドから千花をせめた。

 紋は脇の下を、木春は腕を取ってぐいぐいと胸を押し付ける実力行使にでた。

 くすぐったさと、木春のEカップによる感触に声をあげてしまう。



「きゃッ、ハハ、……ああン、やめて」

「ほら、話す気になった? あともう一押しよ、木春」

「千花ちゃん、色々と溜め込むのは身体に悪いよ~。きれいなお肌にも良くないよ~」


 

 抗う術をあまり心得ていないお嬢様はされるがままだった。

 おっとりとした性格なので激しく身悶えすることもなく、ゆっくりと崩れ落ちてゆく。

 そうしてテーブルに顔が付きそうな位置まできて、観念した。



「わ、わかったわ。話すから!」

「うむ、それでよろしい」

「わぁ~、千花ちゃん大好き」



 千花はこれだけの目に合わされながらも、特に機嫌を損ねる様子もなく、乱れた息を整えた。

 友人二人は満面の笑みを浮かべている。 



「……はぁはぁはぁッ。……んもぅ、しょうがないわね。でも、どのみち二人には教えるつもりだったのよ。大切なお友達ですもの」

「さすがは千花! それで、それで?」



 紋は先ほど千花から言い当てられた強引さ……、いや熱心さで再度尋ねる。





「それはズバリ、『せん太くん』よ!!!」





 眉をキリっと、誇らしげに一本指を立てて千花が言う。



「……せんたくん? えーと……なにそれ?」



 お嬢様にしては不可解な単語を得意げに言うものだから、紋にはさっぱり分からなかった。

 木春も不思議そうに、やはりピンと来ない様子で首をかしげる。


 千花は遠くを見つめるように、手を合わせ、頬に摺り寄せながら語りだした。


 

「せん太くんはねー、ふっくらとした可愛らしいボディで身体の隅々まで洗ってくれるのよ。それも全身を同時に。温かいお湯や至極の泡に包まれて、私はあまりの気持ちよさについつい眠ってしまうの。あのつぶらな瞳と、ぷにぷにのちぎりパンみたいな容姿を思い浮かべるだけで、今からもう……あぁ」



 ほんのり頬を赤らめながら、しまいには変な声をあげてしまうのではないかと思うほどに、千花は一人の世界に入ってしまった。

 聞き入っていた二人は我に返り、急いで彼女を連れ戻そうと割って入る。



「いやいやいやいや、ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「千花ちゃん! ……なんだか、なんだかイヤらしいよ!」


「そうよ、せん太くんって何よ、誰なのよ!あんた、いくらお嬢様だからって、ハレンチよ!」

「ふえぇぇ、千花ちゃんの肌がせん太くんってのに洗ってもらった結果だなんて、なんか哀しいよぅ。せん太くんが羨ましいよぅ」


「つぶらな瞳のふっくらボディだかなんだか知らないけれど、そんないやらしい奴に触られるがままにされてるなんて、ショックだわさ……」

「うぅぅう……。でも千花ちゃんが許した相手なら、いいよ。あたし、応援するよ」


「こんちくしょー、せん太くんめ。わたしも千花とお風呂に入って、きゃっきゃってやりたいよ……」

「さあ、紋ちゃん。大丈夫、これからも千花ちゃんと仲良くしてあげようね」


「……うん、ありがとう木春。ぐすっ……」

「……ごめんね、千花ちゃん」



 と、ここまでひとしきり妄想を爆走させ、相手にぶつけると落ち着いたようだ。

 二人は互いに頷き、これからも強く生きていこうと決心したらしい。

 せん太くんが誰であろうと、千花がその身を委ねているのであれば、誰も引き裂くことなどできない。

 木春は紋の涙を拭き、優しく微笑んだ。



 友人たちがヒートしたのは自分が原因なのだが、どうしたものか分からずじまいだった千花は、ようやく捕捉することができた。

 自分以上に暴走した二人を目の当たりにすると、一気に冷静になったようだ。



「……あの、そろそろいいかしら、二人とも。何か大きな勘違いをしているようだけれど、せん太くんは人じゃないのよ」



「「……ほへ?」」(紋&木春)



「人型全自動入浴機、それがせん太くんよッ!!!」



 再び、眉をキリっと、誇らしげに千花が言った。



「……んなッ」(紋)

「……な」(木春)



「「なんですとおぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!」」(紋&木春)

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