お嬢様の風呂事情

日結月航路

第1話 ハンバーガーとお風呂

 駅前のファーストフード店では、午後のひと時を過ごす若者たちで賑わっていた。

 中でもひときわ楽しそうな声が、奥の方から聞こえてくる。

 久々に訪れたこの店で、三人の女子高生がそれぞれの収穫物を手に、隅の特等席に着こうとしていた。


 ファーストフード店としては珍しく、内装が落ち着いた雰囲気で、木製のテーブルや椅子が程よく調和している。

 それに控え目な照明が上品で、さすがに人気店ではあった。

 学校近くということもあり、今の時間帯は学生が多いが、午後であれば子供連れの主婦やサラリーマン、

お年寄りまで幅広く利用客がいる。



 席に着くなり、仲良し三人組はお互いの食べ物を披露し合い、テンションは上がりに上がっていた。



「久しぶりだけどやっぱり美味しそうよね、このお店のハンバーガー」



 いかにもうきうきが止まらない様子で、いろいろな角度からせわしなくバーガーを眺める女子。

 すでにポテトを頬張りながら、頭部の揺れが止まらない彼女は、名を滝沢紋という。

 活発そうな性格に黒髪ショートが良く似合う。

 


「紋ちゃん、嬉しいのは分かるけれど、あんまりはしゃいじゃ落とすわよ」



 と、親しげになだめる彼女は神田木春。

 眼鏡っこのショートボブでおとなしそうだが、どこか天然系の雰囲気を醸し出している。

 こちらは先に好物のメロンソーダを可愛らしく吸っていた。



「やっと来られた、って感じですものね。テストはもう終わったし、晴ればれするわ」



 金髪ふんわりロングヘアのお嬢様がにっこりと微笑んだ。行儀よく、ナプキンで手を拭いている。

 外国人の母親とのハーフである月城千花は、いつもおしとやかで、礼儀正しい。

 白く美しい手で、ナプキンを折り畳み、飲み物へとストローを差し込んだ。


 

「じゃじゃーん!わたしのは、スモークチーズベーコンレタスバーガーでございます」



 紋は両手でバーガーをつかみ、にんまりと紹介した。



「まあ、トマトとレタスもたっぷりで、美味しそうだわ」と、千花はヘルシーな部分を褒めた。

「おお、でもすごいチーズ。あふれ出てるよ」と、木春の方は気になるカロリー部分をちくっとさす。

「い、いいじゃない。ちょうどバランス取れてるわよ。……きっと」



 一瞬かたまった紋だったが、ひと口食べながら、気を取り直して木春のバーガーを見た。

 こちらはこちらで、きのこやらレンコンチップスが挟まれている。



「木春のは……、なにそれ。きのこぴょんぴょんバーガー?」

「あー、ちょっと馬鹿にしてるでしょ、紋ちゃん。きのこ盛りだくさんバーガーだよ。それでね、ポテトはフリフリコンソメ味なの」

「うん、木春はそういうお子ちゃまっぽいのが好きだよねー。いつものメロンソーダもね」

「ひどいよ、紋ちゃん、ひどいよ、それ」



 二度も繰り返しながら、木春は言い返すが、漫才のようでどこか楽し気だった。

 千花もこの二人のやり取りが好きだった。彼女もジュースを飲み、ポテトを口にする。

 


「ふふ、いつ見ても楽しいやり取りだわ」



 しかし、千花の食しているものは、漫才コンビの二人のものとはどこかモノが違っている。

 気付いた紋が、木春へ話題転換を持ち掛けた。



「ちょっと、木春。千花の食べてるもの見てみなよ。なーんか、うちらのポテトとはどこか違ってない?」

「……ホントだ。色とかこんがり綺麗で、おいしそう……」



 自分のポテトをもぐもぐ食べながら、木春は千花の方を見た。

 千花のプレートを覗き込み、ややずれた眼鏡を直す仕草が可愛らしい。


 にこにこしながら千花は、「そうでしょう、そうでしょう?」と誘うように答えた。



「ちょっと、千花。それはなんていうセットなの?白状しなさいよ~」



 紋は彼女の性格らしく、ストレートに尋ねるが、千花は相変わらず微笑んでいる。



「紋ちゃん、なんだか私たちのよりも高そうだよ。なんなんだろ、コレ」と、木春は興味津々だ。

「ふふ、これはねー、オーガニックポテト&オニオンよ。飲み物もオーガニックのブラッドオレンジジュースで、

メインは大豆ミートのヘルシーバーガーなの」



 一つひとつ指さしながら、千花は教えてくれた。その指先の爪もよく手入れされており、美しい。

 そうして、続ける。



「どうぞ、食べてみて」



 オーガニックポテト&オニオンを差し出された二人は、どきどきしながら味見した。



「紋ちゃん、おいしいよ!なにかしらコレ!!すんごく香ばしくて、あっさりしてるよ!!!」



 ファーストフード店のポテトでありながら、味わったことのないような至高の一品を口にしたものの、

語彙力の少なさゆえに手を動かすことで、木春は表現した。



「おおお、オニオンリングもおんなじで、すごく美味しいよ!うぬぬ、恐るべしオーガニック。脱帽ものだよ、こんちくしょー!」



 同じく、こわばらせるように全身を震わせつつ、味を噛みしめる紋。

 


「まあ、良かったわ。二人にも気に入ってもらえて」



 ヘルシーバーガーを手に、千花も嬉しそうだ。

 ちょっと複雑そうな表情で息をつくと、紋は尋ねた。 



「でもさ、いかにもこんな健康志向の食べ物が、よくファストフード店にあったよね。しかもお値段立派そうだし……。

わたしら何回も来てるのに、なんで気付かなかったのかな」

「あら、ちゃんとメニューには載っているのよ。端の方だから気付かなかったのかしら」


「ちょっとあたし見てくるね」と、木春が興味津々に立ち上がり、注文口の方へと向かった。



 壁に掛かったメニューを探している木春の様子は、遠目に見ているとコミカルでどこか面白かった。

 近づいたり、離れたり、店員に注文と間違えられたり……。そうしてやっと、何かを見つけたようだった。


 そうして、あたふたと戻って来る。

 まるで、下っ端の子分が親分に知らせに到着したような動きで、なぜかヘロヘロ気味に見える。

 


「一番端にあったよ!でもね、なんかメニューの板の色もちがくて、英語も混じってて、おしゃれな文字になってたから、

全然気付かなかったよ! あたし、これまで壁の模様の一部みたいに思ってた……」



 今まで気づかなかったということ、お値段ご立派なこと、こんなものがファストフード店にあること、など様々な理由で

木春は軽いダメージを喰らったようだった。両手をテーブルにつきながら、よなよなと席につく。



「今更ながら、千花がお嬢様だったって思い出すよ。自然にさらっとこんなのを食べてたのね。うーん、しかしもはや

ジャンクフードじゃないわね。ははは……」



 紋まで力抜けた様子で、椅子にもたれながら言った。



「ほんと、ほんと。こういうお店に入っても、しっかり身体のこと考えてるなんて、すごいよ千花ちゃん。それにお肌もきれいでナイスバディだし」

「ありがとう、木春ちゃん」

「そうだよね。お風呂とかもすんごく大きそう」と、紋がニヤニヤして言った。「色々とお手入れしてるんでしょうね、フフフ」

「うーん、大きいのは大きいわね。父様のお客人も時々来るから。でも、男女別に分かれているのはちょっとやり過ぎかも」



 お嬢様らしく、食べていたものをきちんとのみ込んでから、千花が答えた。


 

「これはこれは……。ちょっと木春、色々と聞き出してみると面白そうかもよ」

「そうだね、紋ちゃん。ふふふ……。どんなお風呂とか、どんなシャンプーとか、どんなのでどこから身体洗ってるのか、

泡にまですごく興味があるよ」



 一人、別の方面へと突っ走りかける木春。怪しく眼鏡が光り、何かを揉むような手つきだった。

 紋と木春の二人はにんまりと嬉しそうに顔を見合わせ、ゆっくりと千花の方へと首を向ける。

 


「あらあら、なんだかいけない顔ね、二人とも」


 

 さほど気にする様子もなく、引き続き食事を楽しむ千花。

 紋と木春は、湯けむりの向こうにうっすらと見える千花の入浴姿を思い浮かべながら、もんもんとし始めた。

 

 入浴場の入り口を開け、ひたひたと歩く姿、湯をかけてつかる姿、髪をとめてうなじを見せる後ろ姿、

豊満な胸が湯面(ゆおもて)から見え隠れする様子など妄想は止まらなかった。

 

 そんな二人のぶっ飛んだ妄想の中でも、湯船の千花はにっこりと微笑んでくれた。

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