第2話 甘えたかった。
空を見上げていた……。
その僕はどこへ行ってしまったのだろう?
いつのまにか、薄汚れたクリーム色の壁の部屋の中にいる。
そしてそこにいるのは実に屈託のない、幼い女の子のように微笑む少年。
「ふふ、違うよ。どこかへ行ったわけじゃないんだ。ちゃんと、ここにいるよ。僕は見ていたんだから」
少年か、少女か、
僕を見つめている。
その表情は、僕を見るそのまなざしには、何かが隠れている気がした。
彼の名は、一郎といった。
「一郎……、一郎か」
僕はその名を、心の中で繰り返し、つぶやいた。
おや、と僕は想う。彼の髪がいつの間にか……。
「ねえ、一郎、君は、髪が、白かったか?」
「ふふっ、そうだよ」
一郎はくすくすと小さく可愛らしく少し笑い、言う。
「しばらく、あまえさせてくれなかったものだから。」
甘える……。甘えさせてくれる……。
一郎は持っていた鋭い蛇硝子を台に置いた。
……台?それはベッドだった。
「僕はずっとこの部屋に、いたんだ」
一郎は真っ白い、ボタンのついた白いシャツを着ている。袖は手よりもずっと長く、先がゆるく垂れている。彼はかがんでいるから、よく見えないけれど足首は見えるから、短いものを履いているのだなと思った。
一郎、そう名乗った少年はそう言った。
「きっと、いろいろあったのだろうね」
いろいろ……。
「ねえ、実は僕にもどれだけの時間が遺されているのか、わからない。でもきっと、そんなに話をしたりしている時間はない気がするんだ」
実に悲しそうな顔をする。
「だからほんとうに伝えなければいけないことを伝えなきゃいけない。あまえたかったんだよ……」
そう呟く一郎を見て、僕は言った。
「君のそのまなざしは、淫靡だ」
僕は一郎を見下ろして、言った。
一郎は言う。「名前……、呼んでもいい?」
「待っていたんだよ……、ねぇ、僕をここから連れ出してくれるために、来てくれたんだよね、トーカ……」
そう呼ばれて、僕ははっとした。
さきほど見た、横たわっている人の形をしたものを見やる。続いて、ベッドの上の蛇硝子を。
僕が彼を殺した時の、凶器を。
すぐさま次に僕の両手に蘇るべき感覚……、意識があった。
続
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