たかった。
赤キトーカ
第1話 会いたかった。
僕は天井を見上げている。天を見上げている。廃屋の屋根は一部が崩れかけているのだから、間違いじゃない。嘘じゃない。
その廃屋は、小さな美しい家で、山の中に淋しそうにぽつんと静かに建っていたように思えた。
「淋しそうに、だって」
くすくすという声が背後から聞こえる。
「君に、この家の何がわかるというのかな?なんだか、おかしいや」
少年にも、少女のようにも見える小柄なその子は僕にそう言うのだ。
「あなたには僕の考えていることは見透かされているようですね」
僕はその子に言った。多分だけれど。心が見透かされているのならばどちらでも同じことだろう。
「それは、そうだよ。だって……」
微笑んで僕に何かつぶやいたこの子は、男の子に見えた。
「君も、察しがついているんじゃないのかな?」
「察し。」
察し?
何の?
こいつは、何を言っているのだろう?
僕は、何を考えているのだろう?
見上げていた空はいつの間にか見えなくなり、クリーム色の見知らぬ天井でふさがれていた。家、山の中の廃屋だと思っていた場所は、様子が変わったようだ。
ここはどこだろう。真っ赤な遮光カーテンが壁の一面を覆っていて、ほのかに透かした光はやはりクリーム色の床に、赤い影を落としている。
ここはどこだろう。
「あなたは、……君は、誰ですか?」
可愛らしい少年は、なんとも邪気のない、綺麗な微笑みを見せた。
「僕のこと、名前なんて、いいじゃないですか。 時間はいくらでもあるんだよ」
布を透かした光が、彼を照らす。
僕はとっさに、想いついたことを言った。
「君は星の王子さまでしょう?」
僕は核心を突いたと想った。それは、赤い色が男の子の髪をほのかに赤く照らしていたので、男の子の髪が赤く染まっているように見えたことからの連想だった。
「へえ、君には僕が星の王子さまに見えるんだ。それは、少し、嬉しいかな」
と男の子は言った。
そして続けて言った。
「でもここには、蛇はいない」
男の子が部屋……、(そうか、ここは、部屋……?)の中に座り、落ちていた細長いものを手に取って立ち上がった。
「それは、蛇じゃないのか?」
「君にはこれが蛇に見えるの?」
黒く細長いそれは、先が赤く、蛇の長い舌を思わせた。
「これはね、……血だよ」
「血……。 蛇が、誰かを嚙んだんだ。 動物かもしれない、人間かもしれない」
「そう……。 これはね、確かに、血。 ……人間の、血だよ」
「ほら、やっぱり!」
僕はやはり彼が星の王子さまだと思った。
「でも、これは……、ガラスだよ。 蛇じゃない」
「ガラス……?」
よく見えると、細長いものは、たしかにガラスだった。
「ほら、赤いものは、人、そこにいる人の、血だよ」
男の子が指さす方向を見ると、いつの間にか、横たわった人のようなものがいた。
「あの人が死ぬのは、仕方のないことだったんだよ。誰かが生きるためには、人が死ぬことも、人を殺すことも、仕方がないことだって、あるよね?」
僕はだんだんわからなくなってきた。
わからない、ということが、わからなくなってきた。
わからない、ということが、わからなくなってきた、ということは、わからない、ということが、わからなくなってきた、ということが、わかってきたということだ。
「それは、何の話だろうね……?」
男の子はそれには答えず、独り言のように言った。
「この月は、何人死んでいったのかな」
「何のことだ?」
「君のために、何人が死んでいったのかな、ってね」
「僕のために?」
「……そう。 生きるために」
僕はぞっとした。急に「怖い」という気持ちに包まれてきた。
「怖い??」
見透かして、男の子は僕に言った。
男の子は僕に一歩近づいて、手にもった蛇じみたガラスを差し出すようにして、言う。
「ねえ、もし、怖いなら、」
……。
「僕を殺しても、いいんだよ」
そして続けた。
「あの時みたいに、ね」
これは、夢だろうか?
こんな不気味な夢は、見たことがない。気持ちが悪い。
「そう、これは夢かもしれない。でも、夢じゃないかもしれない。夢だとしたら、君の現実は、この夢の先には、きっとない」
「夢から覚めれば、もとにもどるだろう?」
もと?
元とは、なんだろう?
「僕は、一郎。ここは、青森」
「青森…!?」
「そう、青森県三内沢市」
そして、微笑みながら、悲しそうに言った。
「忘れたなんて、言わないよね?」
ここのことも、
僕のことも。
続く
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