第291話 君を1人にしない
時は、カミルがメストと別れた時に遡る。
「やっぱり、お前のご主人様はすごいな。ステイン」
(馬車を壊さないように体を宙に浮かせるなんて、相当な魔力操作が必要だぞ。俺でもあんな繊細な魔力操作は出来ない)
何の躊躇いもなく、魔力を爆ぜさせながら屋根伝いで走っていったカミルの繊細な魔力コントロールを目の当たりにし、満足げな笑みを浮かべたメストはステインに話しかけると手綱を握る。
「さすが、俺の師匠。とは言っても、剣の師匠だけどな」
(今度、カミルから魔力操作も教えてもらおう)
騎士学校を主席で卒業し、魔力コントロールは完璧にも関わらず、カミルの魔力コントロールを自分のものにしたいと強く渇望するメスト。
そんな彼に『良いから早く行こうよ!』と、ステインが急かすように嘶いて手綱を引っ張る。
「そうだな、いつまでここにいるわけにもいかないな」
(師匠からお前のことを預かったのだからな。弟子として勤めを果たさないと)
軽く嘶いたステインを見て、手綱を強く握り締めたメストが進行方向を見据える。
「行こうか! ステイン!」
カミルの仕事を手伝ったことでメストとすっかり打ち解けたステインは、メストの言葉に小さく嘶くと幌馬車を走らせた。
「もう大丈夫だぞ、ステイン」
カミルがダリアと対峙していた頃、街中に突然火柱が現れて人々が怯えている中、御者台で手綱を引いていたメストは、馬車専用の馬小屋にステインを避難させた。
初めてきた場所に落ち着かないステインを見て、御者台から降りたメストが落ち着かせようと優しく体を撫でる。
「ステイン、ここは強力な結界魔法が施されている緊急用の馬小屋だ。だから、ここに火球が飛んでくることはない」
ペトロート王国の王都には、今日のような緊急時に商人や貴族達が使える避難用の馬小屋が何か所かある。
その全てを把握していたメストは、自分たちがいた場所から近い馬小屋にステインを避難させたのだ。
(偶然とはいえ、空いていて良かった。もし空いてなかったら、別の場所を探さなくてはならなかったから)
そんなことを思いつつメストが優しく撫でていると、メストの言葉を信じたのか、ステインが安堵したように目を閉じた。
(どうやら、分かってもらえたようだ)
小さく笑みを零したメストは、ステインから離れると腰に携えていた黒革のマジックバックから文字が彫られた銀色のリングを取り出した。
「悪い、ステイン。今からお前の主を助けに行くから、ここで大人しく待ってもらってもいいか?」
メストの真剣な表情を見て、何かを感じ取ったステインはメストの背中を押すように小さく嘶いた。
(やっぱり、ステインは賢いな)
一瞬口角を上げたメストは、馬小屋から出るとリングを嵌めてそのまま片手を伸ばす。
「《チェンジ》鎧」
メストが小声で唱えた瞬間、リングから白い光が溢れ出し、その光がメストを包み込むとあっという間にはじけ飛んだ。
そこには、木こりの恰好をしたメストではなく、全身鎧に身を包んだメストがいた。
「それにしても、まさか実家から持ってきた鎧が役に立つとは」
メストが定期的にカミルの家に泊りに来るようになってから、メストはいつ何時でもカミルの手助けが出来るよう、実家に置いてあった鍛錬用の鎧を変身魔法が付与された魔道具に入れていた。
(それに、この鎧なら顔が見えないし、首裏にある水色の家紋を見られない限り、誰だか分からないはずだ)
『剣を持っているおかしな平民なんて、私だけで十分ですから』
久しぶりに身を包んだ鎧の感触を確かめたメストは、脳裏に蘇ったカミルの言葉に小さく拳を握る。
「絶対に1人にはしない」
(お前が汚名を背負ってまで民を守ろうとするのならば、俺もお前の隣で一緒に汚名を着て民を守る!)
決意を新たにしたメストは、手首に着けている白色の腕輪に魔力を流し込んで足に強化魔法をかけた。
「待っていろ、カミル!」
体を張って民を守っているカミルに助太刀するため、メストは爆発音が聞こえた場所に向かって駆け出す。
だが、この時のメストは知らなかった。
メストが馬小屋にステインを避難させていた時、騎士でもない全身鎧姿の男が、カミルがいる方に向かって駆けて行くのを。
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