第290話 憤怒の令嬢と冷徹な平民
「ペトロート王国宰相家令嬢、ダリア・インベックの名において、騎士殺しであるあんたをこの場で処刑するわ!」
「「「「「わーーーーー!!」」」」
「「「「ヒィーーーーーー!!!!」」」」
誇らしげな笑顔のダリアがカミルに処刑宣告を言い渡すと、野次馬貴族達からは歓喜の声が上がり、野次馬平民達からは悲鳴が上がった。
(良いわ、良いわこの反応! 最高じゃないの!)
野次馬から上がる声に、ダリアは愉悦の笑みを浮かべる。
そんな中、冷めた目でダリアを見ていたカミルが僅かに口角を上げた。
「へぇ、何の罪もない平民を処罰ですか?」
(たかが貴族令嬢でしかないあなたが、無実の平民を処刑すると? 勘違いも甚だしいわね)
蔑むような目を向けるカミルに気づかないダリアは、得意げな笑みを浮かべると扇子の切っ先を向けた。
「当たり前でしょ! あんた、我が国を守る誇り高い騎士に危害を加えたというじゃない!」
「さぁ、私は国を……いえ、今はお貴族様だけを守っている騎士様が、平民に理不尽な横暴を働いていたので、そんな彼らを守るためにレイピアを振るっただけで、自ら進んで騎士様に危害を加えるような愚かな真似はしていませんよ?」
(ただ、おいたがすぎた騎士様に対しては、少しだけ痛い思いをしていただいたけど)
小さく笑みを浮かべながら紡がれたカミルの言葉に、怯えた表情をした野次馬平民達が揃って首を縦に振る。
彼らは、かつてカミルが横暴騎士から守った者達だった。
「そんなの嘘よ!」
「なぜそう思われるのでしょう? その根拠を教えていただきませんか?」
無表情に戻ったカミルが静かに尋ねると、ダリアが不機嫌そうに小さく鼻を鳴らす。
「フン! 愚民如きが、根拠なんて教えたところで理解出来るはずがないわ」
「……お話になりませんね」
「何ですって!?」
(ほら、そうやってすぐ表情を表に出す。全く、3年前までは最低限の淑女のマナーが出来ていたはずなのに……これも、父親の魔法の影響かしら?)
3年前に出会ったダリアのことを思い出し、一瞬笑みを零したカミルは、すぐさま表情を無にするとわざとらしく肩を竦める。
「あなた様とこうして何とか会話が成り立っているのに、どうしてそういう結論に辿り着くのですか?」
「それは、高貴なこの私がわざわざ愚民であるあんたに話を合わせてやっているよ!」
「おや、そうでしたか? てっきり、根拠なんてものがないから強気に出て、有耶無耶にしようと思っていました」
「はぁ!? 貴族の私が、そんな馬鹿なことをするわけないじゃない!」
「先程まで白昼堂々とはしたないことをしていた人の言葉とは思えませんね」
「っ!?」
鋭く睨みつけるダリアに対し、頬を緩めたカミルが優雅に片手を口元に添える。
「あら? もしかして、貴族の間では白昼堂々と殿方と熱い愛を交わすのが当たり前なのですか? それでしたら、申し訳ありません。商業街では中々お見受け出来ないことでして」
「あんたねぇ~!」
(というか、私の存在を騎士によって知るなんて……あなたのパパ、よっぽど平民嫌いでお仕事が忙しいのかしらね)
貴族達がカミルのことを知っていることは、休みの度に鍛錬に訪れるメストから聞いていた。
そのため、マヤがカミルのことを知っていたのは、カミルにとって何ら不思議なことではない。
逆に、ダリアが知らなかったことが不思議でならなかった。
装飾が施されたヒールで地面を何度も踏みつけるダリアを冷たい目を向けたカミルは、笑みを潜めると口元を覆っていた手を下ろす。
すると、鼻息荒くしたダリアが呼吸を整えるとカミルを睨みつける。
「もういいわ! そもそも、貴族令嬢の中で最も偉い私の前に現れたのだから、処刑以外ありえないわ!」
「……全く、いつから我が国は蛮族国家に成り下がったのかしら?」
「っ!!!!」
(はぁ、本当にお話にならないわ。どうして、どうしてこんなやつに……!)
今までのことを思い出したカミルは、レイピアを強く握り締めて静かに構えると、剣身に透明な魔力を纏わせる。
対して、怒りが頂点に達したダリアは、手のひらから赤色の大きな魔法陣を展開した。
「ペトロート王国宰相令嬢、ダリア・インベック! これより、国に仇なす愚民を処刑する!」
「…………」
『いいかい、フリージア。宰相家令嬢というのはね……』
脳裏に蘇る父の言葉。その言葉が、1人孤独に立ち向かうワケアリ平民に力を与える。
(分かっています、お父様。私は、今出来ることに心身を賭します)
「愚民は今すぐ死になさい! 《ルビーボール》!!」
野次馬達から再び悲鳴が上がる中、下卑た笑みを浮かべたダリアが放った火球に、険しい表情をしたカミルは迷わずレイピアを振り下ろした。
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