第289話 突然の……

 ※少しだけ大人な表現が入っています。ご注意ください。




「なっ、何よ! 卑しい愚民如きが、天井人である貴族をバカにするんじゃないわよ」

「別にバカになんかしていませんが?」

「くうぅっ!」



(あらあら、この程度で表情を表に出すなんて……貴族としての程度が知れるわ)


 淡い緑色の瞳を細めて笑みを深めるカミルに、ダリアが顔を真っ赤にして怒っていると、綺麗な顔立ちをした騎士がダリアの傍に来た。



「ダリア様」

「何よ、私は今ものすごく不機嫌で……」

「実は、この平民……」



 そう言って、騎士は不機嫌顔のダリアに耳元で何かを囁き始める。


(多分、私のことを話しているのでしょうね。前にメスト様が『騎士の間で私は有名』って言っていたし、今も耳元で囁きながらこちらを見てニヤニヤしているから)



「それよりも」



 下卑た笑みで囁き続ける騎士を見て無表情に戻ったカミルは、小さく鼻を鳴らすと騎士が纏っている鎧に視線を向ける。


(何? あの悪趣味な鎧。これでもかと金箔と無駄な装飾が施された……って、あの赤いマントに金色の糸で大きく縫われているものってまさか!?)


 騎士が身につけているマントに思わず目を見開くと、カミルの耳に野次馬に交じった貴族の会話が入ってきた。



「なぁ、金色の糸で縫われている紋章って……」

「えぇ、間違いなく我が国の国旗よ」

「ということは、あの騎士って近衛騎士団の中でも王家直属の精鋭部隊の騎士ってことか?」

「そういうことよ。だから、あの平民のように突っかかるような真似をしてはいけないわ」



(そう、マントに金色の糸で国旗が縫われているのは王家直属の精鋭部隊の証。まぁ、本来はあんなでかでかと縫われるものではないのだけど……)



「そもそも、どうして王家の精鋭部隊が貴族令嬢の護衛なんてやっているのよ。仕事はどうした、仕事は!」



 マントを見た貴族達の会話が聞こえたのか、他の野次馬達が騎士を見て騒ぎ始める中、拳を握り締めたカミルの口から悪態が出る。

 すると、不機嫌顔で騎士の話を聞いていたダリアが、カミルの方を見てニヤリと笑みを浮かべた。



「そう、あの愚民とんだ大罪人だったのね」



 そう言って、カミルに向かって優越感に浸る笑みを浮かべたダリアは、そのまま教えてくれた騎士に視線を戻す。



「それじゃあ、愚民のことを知っているあなたにご褒美をあげないと」

「えっ?」



 熱に浮かされたような妖艶な笑みのダリアが、体を寄せて彼の首に両腕を絡ませると、突然『ご褒美』という名の熱い口づけをし始める。



「ん、んんっ!?」



 いきなり宰相家令嬢から唇を奪われ、慌てた騎士がダリアを引き離すと、むき出しになっている彼女の華奢な両肩に両手を置く。

 その時、ダリアの口元に黒い魔力が靄のように現れ、そのまま騎士の口の中に入ると、男の目からハイライトが無くなり、男の両手がゆっくりとダリアの腰に回って彼女を抱き寄せた。



「ダリア、俺……」

「キャッ、ダメッ! そんなところ触っては……ああっ!」



 唐突に始まった濡れ場に野次馬達から悲鳴が上がる中、ダリアは舌を絡ませてきた騎士が逞しい手で服の上からまさぐられることに快楽を感じていた。



「ほら、これが良いんだろ?」

「あっ、やっ、そこ……イイッ!」

「………」



(何をやってんよ、あの淫乱令嬢! 白昼堂々、婚約者でもない殿方に口づけをして魅了するなんて! 気持ちよくなりたいなら、よそでやりなさい!)


 ダリアが魅了魔法を使えることを知っていたカミルは、彼女が性に奔放で誰彼構わず進んで体の関係を迫る令嬢で有名だったことも知っていた。


(でも、こんな大勢の前で行為に及ぶような節操の無い貴族令嬢ではなかった。ということは、これは父親の魔法の影響?)


 そんなことを考えながら、目の前で繰り広げられる行為を冷めた目で見ていたカミルは、盛大に溜息をつくと大きく手を広げる。


(まぁ、少しだけ驚かせることくらいしてもいいわよね。どうせ、魅了魔法が解けるわけでもないし、誰かを傷つけるわけでもないし)




 パン!!!!




「「っ!?」」



 再び溜息をついたカミルが、周囲に聞こえるくらいの音で手を叩いた。

 すると、いちゃついていた2人が肩を震わせ、音の正体に気づいたダリアが怖い顔をしてカミルを睨みつける。



「もう!! せっかく楽しんでいたんだから邪魔しないでよ!」

「でしたら、話が終わってからやってくれませんか? それと、教育上悪いのでそういうのは2人きりになれる場所でやってください」

「うるさいわね! 宰相家令嬢なのだから、私がどこで何やってもいいでしょうが!」



(何、その暴論。他国の貴族令嬢が聞いたら間違いなく失笑ものよ)


 宰相家令嬢とは思えない頭の悪い反論を聞いて、カミルが思わず鼻で笑った時、騎士から離れたダリアが侍女から扇子を受け取ると扇子の切っ先を突きつけた。



「それよりも! ペトロート王国宰相家令嬢、ダリア・インベックの名において、騎士殺しであるあんたをこの場で処刑するわ!」

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