第292話 傍若無人な宰相家令嬢

※少しだけ暴力描写が入ります。ご注意ください。





「《ルビーボール》!!」

「ふっ!」



 メストが鎧姿で混乱する王都の街を駆けていた頃、カミルは集まっていた野次馬達を守ろうと、ダリアから容赦なく繰り出される魔法をレイピアで打ち消し、徐々に間合いを詰めていた。


(とりあえず、ここまで間合いを詰めれば、後は魔力を帯びたレイピアでどうにかなると思うけど……それにしても、本当にしぶといわね。普通の貴族なら、中級魔法を2発撃っただけで魔力切れを起こすというのに)



「そこは、腐っても宰相家ってことかしら?」

「何を言っているのよ! インベック家は宰相家よ!」

「あら、聞こえていたのね。これは失礼」

「っ!!!!」



 カミルに煽られて、攻撃の手を止めたダリアの顔には、僅かに疲労が出ていた。

 対して、カミルはいつもの無表情のまま静かにレイピアを構える。

 すると、大きく息を吐いたダリアがカミルを睨みつける。



「それにしてもあんた、本当にしぶといわね」

「そういうあなた様も……さすが、お貴族様というのでしょうか?」

「フン! そんじょそこらの貴族と一緒にしないで! 私は、この国の宰相家令嬢なのだから、魔力保有量が桁違いなのよ!」

「そこは、『日頃から鍛錬しているから』と言った方が良いのでは?」

「はぁ!? そんな泥臭いこと、高貴な私がするわけないじゃない!」

「ハァ……」



(ダメだ、ノルベルトの改竄魔法のお陰なのか全く会話にならない。こんなのでよく『宰相家令嬢』なんて肩書を今日まで名乗れたわね)


 安易に貴族を貶めているダリアを見て、野次馬達貴族達が揃ってダリアに冷たい視線を向けられる。

 だが、何を勘違いしたのか、視線を向けられていることに気づいたダリアが満足そうに笑みを浮かべる。

 そんな彼女を見て、カミルが小さく溜息をついていると、少し離れた場所に立っていたダリアの侍女が、ワイン色の液体が入ったガラス製のグラスを持って現れた。



「お嬢様、そろそろを飲まれた方がよろしいかと」

「そうね、ちょっと疲れたからいただこうかしら」

「えっ?」



(あれが最高級ポーション? どう見ても、ただのワインじゃない)


 この国では滅多に出回らないとされている最高級ポーションは、ワインレッドのような色ではなく黄金色に近い色をしている。


 それをなぜだか知っていたカミルは、侍女の言葉に一瞬眉を顰める。

 すると、カミルの視界から外したダリアが、ご機嫌な笑みで侍女からワインを奪い取ると、そのままグラスの中身を一気飲みした。


(うっ、なんてはしたない飲み方。一応、宰相家令嬢なのだから、少しは貴族らしく上品に飲んだらどうなの?)


 貴族令嬢とは思えない飲み方を目の当たりにしたカミルが思わず顔を顰める。

 だが、そんなカミルに気付かないダリアは空になったグラスを掲げた。



「プハァ~! やっぱり、このポーションは美味しいわね~! 世の中に出回っているポーションは、舌が肥えている私には不味かったから!」

「そうですね。わざわざ神官長に命令して作らせた甲斐がありました」

「っ!?」



(神官長に何やらせているのよ! そもそも、ポーション特有の淡い緑色の光が放たれていない時点で、明らかにポーションじゃない!)


 ダリアの横暴ぶりにカミルが内心で罵詈雑言を並べていると、侍女の顔を見たダリアが意地悪そうな笑みを浮かべる。



「フフッ、そうね。でも……」




 パリン!




「キャッ!」

「っ!」



 笑みを浮かべていたダリアが急に怖い顔をすると、手に持っていたグラスを侍女に投げつけた。



「持ってくるのが遅いのよ! この尊い私が、万が一にでも魔力切れを起こしたらどうしてくれるのよ!」

「もっ、申し訳ございませんでした!」



 顔からグラスが当たった時にグラスの破片が刺さったのだろう、美しい侍女の顔から真っ赤な血を流れている。

 だが、止血よりも主の機嫌を直す方を選んだ侍女は、顔から血を流したまま許しを乞うように地面を這いつくばって頭を下げる。

 その様子を不機嫌そうに見ていたダリアは、足に強化魔法を施すと、無防備になった彼女の腹を思いっきり蹴り上げて、持っていた扇子を大きく広げた。



「うっ、ううっ……」

「フン! 分かれば良いのよ、分かれば!」



(あんたって人は、どこまで人をバカにすれば気が済むのよ!)


 地面で蹲っている侍女の姿を目の当たりにしたカミルが、悔しさを押し殺すように小さく拳を握った時、何かを思いついたダリアが再び下卑た笑みを浮かべた。



「そうだ、頭の悪い子にはお仕置きをしないといけないわね♪」

「えっ?」



 可愛らしい笑みを浮かべたダリアが、蹲っている侍女の髪を引っ張って無理矢理顔を上げさせると、磨き上げられた人差し指に黒い魔力が灯した。



「さぁ、この国で最も高貴な私の肉壁になりなさい」

「っ!!」



(危ない!)


 一瞬目を見開いたカミルは、すぐさまレイピアに魔力を纏わせると地面に突き刺そうとした。

 しかし、カミルがレイピアを地面に突き刺す少し前に、侍女に顔を近づけたダリアが、黒い魔力を灯した人差し指をクルッと回す。



「《チャーム》」



 その瞬間、侍女の目にハイライトが無くなり、ゆらゆらと立ち上がった侍女は主を守るためにカミルの前に立ちはだかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る