第67話 騎士の弟子入り

「それで、転移先の登録に何を使うの?」

「あぁ、それなら……」



 思い出話に一頻り花を咲かせたメストは、その場に座り込むと近くにあった落ち葉を1枚拾った。



「落ち葉? それで良いの?」

「あぁ、転移先にあるものであれば何でもいいんだ」



 そう言って再び立ち上がったメストは、懐中時計の中にある魔法陣に拾った落ち葉を置いた。

 すると、魔法陣が透明に光り落ち葉を小さな魔力の塊になり、そのまま透明な魔石に吸われると、魔石の色が無色透明から淡い緑色になった。



「よし、これで登録完了だな」

「へぇ~、これだけでいつでもこの場所に来れるんだね。幼い頃のダリア嬢は、随分とメストのことを考えたものを贈っていたんだ」



 まぁ、今では美しい宝石と綺麗なドレスにしか興味が無いみたいだけど。


 今のダリアを思い出して苦笑いを浮かべるシトリンに、メストも少しだけ苦笑しながら軽く頷いた。



「あぁ、これを貰った時は『婚約者からの初めてのプレゼントだ!』ってとても嬉しかった。だが、今は便利なものを俺のために送ってくれたダリアに感謝している」



 これのお陰で、辺境にいても王都に屋敷を構えているダリアのところに行きやすくなったし、王都から少し離れた場所にある実家にも顔を出すことが出来たからな。



「そうなんだね。それにしても、婚約者の初めての誕生日プレゼントとして贈ったのが、貴重な非属性魔法が内包されている懐中時計型の魔道具なんて……さすが、公爵令嬢だね」

「まぁ、それだけ俺のために選んだってことなんだろうけど」

「そうだね~、確か、メストがダリア嬢に贈った誕生日プレゼントが、プロポーズだったんだよね?」

「うっ、うるさい! 可愛い婚約者が頬を染めながら『メストが大人になっても使えるように考えて選んだのよ!』なんて言われたら、お返しもそれ相応のものを用意しないといけないだろうが!」



 あの時のダリアの顔と言ったら……って、違う!


 幼い頃に勢いで贈った大きすぎる誕生日プレゼントをいじるシトリンに、少しだけ頬を染めながら嫌そうな顔をするメスト。

 そんな2人の微笑ましい会話を少し離れた場所から聞いていた木こりは、顔を俯かせながら血が出そうなくらい強く握っていた手をそっと広げた。


 そうよ、。分かっている、分かっているのよ……


 こみ上げてきた醜い感情を吐き出そうと大きく溜息をつくと、無表情で顔を上げて背を向けている2人に軽く咳払いをした。



「コホン。お2人とも、これ以上惚気話をするのならば、私はこのまま帰らせていただきます」



 少し後ろにいた木こりに気づいたメストが懐に魔道具を入れると、慌てた様子で声をかけた。



「あっ、最後に1つだけ確認してもよろしいでしょうか?」

「何でしょうか? というか、いい加減敬語をやめてもらってもいいですか? 騎士が平民に敬語を使うなんて、はっきり言って気味が悪いですし外聞が悪くなりますよ」

「大丈夫です。ここには俺しか来ませんから、外聞を心配する必要はありません。それに、せっかくあなた様から回避技を教えていただけるのですから、出来れば敬語を使わせていただきたいのです」

「えっ? 僕は来ちゃダメなの? 僕も彼の回避技を教えて欲しかったんだけど」

「ダメに決まっているだろうが! 彼に回避技を教えてもらいたければ、まずは俺と同じことをするんだな」

「あぁ、それは勘弁。僕、メスト程の剣の実力は無いし」

「だろうな。何せ、お前は剣と魔法を組み合わせた攻撃が得意だから」

「そういうこと」



 小さく溜息をつくシトリンをよそに、不安が入り混じった真剣な目で見てくるメストに一瞬表情を歪ませたし木こりは、再び軽く咳払いをすると表情を無に戻して小さく頷いた。



「分かりました。あなた様と私だけなら敬語を使って良いことにしましょう」

「ありがとうございます」



 深々と頭を下げるメストに小さく下唇を噛むと、冷たい表情で顔を上げたメストと目を合わせた。



「それで、聞きたいことって何ですか?」

「特訓を行う時間帯です。俺は早朝と夜遅く、それと昼休憩……」

「メスト、さっきも言ったけど、昼休憩を特訓の時間に使うのは副隊長として許さないから無しで」

「……分かった。その2つの時間でしたら来られるのですが、あなた様はどちらの時間がよろしいでしょうか?」

「そんなの、平民である私が騎士様の都合に合わせますから、騎士様が決めて下さい」

「ダメです。俺に騎士の仕事があるように、あなた様だって木こりの仕事があります。だから、ちゃんと都合の良い時間をおっしゃってください」



 本当、あなたって人は、こういうところは相変わらず頑固なのね。


 姿勢を正して真っ直ぐ見つめてくるメストに、再び小さく溜息をついた木こりは背後にいるステインを一瞥すると少しだけ逡巡して口を開いた。


 魔物が出現する可能性が高い夜はもちろん却下だし、ステインが朝早くに森を散歩しているのは前から知っていたからそれに便乗すればいいかな。



「それでしたら……朝でお願いします。それでしたら時間が作れますから」

「分かりました」

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