第66話 転移魔法

「それに、俺にはこれがある」

「?……っ!?」



 そう言って得意げな笑みを浮かべたメストが懐から何かを取り出した。その瞬間、それを一瞥した木こりは、思わず言葉を失った。


 それって、まさか……!?



「何これ? 懐中時計? それにしては、時計から魔力を感じるんだけど?」



 絶句している木こりに気づかないシトリンは、首を傾げながらメストの手の中に収まっている物をまじまじと見た。

 そこには、銀色の丸い蓋に淡い緑色のガラスで縁取られた懐中時計のようなものがあった。



「これは、俺が幼い頃にから誕生日プレゼントで貰った懐中時計型の魔道具だ」

「あぁ! そういえば、小さい頃にメストが『誕生日プレゼントで貰った!』って僕にそれを見せて自慢していたね。それにしても、まだ持っていたんだ」



 納得したような顔で頷くシトリンに、メストも口角を緩めて軽く頷いた。



「あぁ、婚約者から初めて貰った誕生日プレゼントだし、この魔道具自体とても優秀なものだから、こうして肌身離さず持ち歩いているんだ」

「ふ~ん、そうなんだね~」



 嬉しそうな顔で惚気話を披露するメストを、シトリンは優しそうな笑みを浮かべて見ていた。

 そんな2人から少し離れた木こりは、メストが後生大事に持っている懐中時計から顔を逸らして俯いた。



「それで、その魔道具ってどんな魔法が内包されているの?」

「それはな……」



 木こりが離れたことにも気付かないメストは、嬉々とした表情のまま懐中時計の蓋を開けた。

 すると、中には六角形の中に複雑な魔法陣が描かれており、6つの頂点には淡い緑色の小さな魔石が嵌め込まれていた。



「これには、『転移魔法』の魔法が内包されているんだ」





「転移魔法って、あの非属性魔法の?」



 首を傾げるシトリンに、メストは大きく頷いた。



「あぁ、その魔法だ。この魔道具は、転移先を6ヶ所登録出来るんだ」

「つまり、懐中時計に嵌め込まれている魔石1個で、転移先を1カ所登録出来るんだね?」

「そういうことだ」



 へぇ~、シンプルな見た目の割には有能な魔道具なんだね。


 懐中時計の中を覗き込んで感心するシトリンに、メストは魔道具の話を続けた。



「それで、転移先を登録する時は、魔石に転移先の場所にある何かを吸わせることで登録が完了するんだ」

「へぇ~、意外と簡単に登録出来るんだね。でも、『登録する時は、魔石に何かを吸わせる』って、具体的に何を吸わせるの?」

「それは、本当に何でも良いんだ。例えば……って、その前に転移先を登録している魔石が全て埋まってしまっているから、まずは転移先を登録する魔石の空きを作らないと」



 そう言うと、メストは親指を軽く切って、そのまま真ん中に描かれている魔法陣に置いた。すると、淡い緑色に光った6つの魔石から、転移先に登録した場所の名前と風景が懐中時計の上に浮かび上がった。





「王国騎士団・王城・第二騎士団本部・メストの実家・ダリアの実家・駐屯地……どれにするの?」

「もちろん、王城だ。もとは、俺が第二騎士団時代に、インベック公爵様から『メスト君はダリアの大事な婚約者なんだから、ダリアの父である私のいる場所にいつでも来られるようにしなさい!』って半ば強引に登録させられたんだ」



 とは言っても、俺が王都に来るまでに王城に転移することなんて一度も無かったんだけどな。


 思わず苦笑いを零したメストは、浮かび上がった『王城』の文字を人差し指でなぞって消した。

 すると、王城を転移先に登録していた魔石の色が淡い緑色から無色透明に変わった。



「へぇ、そうして登録した場所を消すんだね。それにしても、公爵令嬢の婚約者って思った以上に大変なんだ」

「まぁ、そこまでたいしたことは……って、お前どうして苦笑いなんだ?」



 そう言って、メストは懐中時計からシトリンに目線を移すと、メストを見ていたシトリンはあからさまに苦笑いを浮かべていた。



「それは、ダリアとインベック公爵に振り回されるメストに深く同情したからだよ」

「おい!」



 あのなぁ、信じられないかもしれないが、俺が貴族のお茶会で初めて彼女と出会った時は、彼女は今よりももう少し貴族令嬢らしく淑やかな人だったんだぞ!

 まぁ、会う回数が増えるにつれて、俺とダリアは木剣で模擬戦をするほどの仲になり……って、そういえば!


 憐れみの目で見てくるシトリンを軽く睨んだメストは、ふと幼い頃に婚約者とよくやっていた模擬戦のことを思い出した。



「そういえば俺、騎士学校で行ってからダリアと模擬戦してないな。久しぶりに模擬戦してみるか」

「止めておいた方が良いんじゃない? 今の彼女は、あの頃とは違って立派な公爵令嬢なんだから。それに、そんなことをしたら、『王国の盾』である宰相閣下が黙ってないと思うよ」

「それも、そうだな」



 でも、あの頃は木剣を持ってきた彼女が俺を模擬戦に誘ってきたから、俺は喜んでしていた気が……


 僅かに感じた違和感に首を傾げつつも懐かしい思い出に小さく笑みを浮かべたメストと、そんな彼の顔をからかうような表情で見るシトリン。

 2人の騎士の微笑ましい会話に対して、遠巻きに黙って聞いていた木こりは静かに拳を握った。

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