第65話 明日からお願いします!

『やった~! ついに、リュシアン様から一本取ったぞ!』

『おい、メスト! あれは、単に俺が手加減してやったから勝てたんだぞ』

『そう言って、先程シトリン様やラピスにも一本取られていたではありませんか』

『うっ、うるさいぞ! フリージア! あれも俺が手加減してやったからだ!』

『本当ですか~?』



 木剣を使った模擬試合で負け、銀髪で淡い緑色の瞳の青年は勝って大喜びしている少し年下の貴族令息達に対してムキになっていた。

 そんな光景を近くで見ていた幼い頃の私は、眼前に広がる4人の微笑ましいやり取りがとても羨ましかった。


 私も、あの場に混ざりたかったなぁ。


 そんな遠い昔のことを思い出した木こりは、目の前で大喜びしているメストに意識を戻した。



「やったぞ、シトリン! ついに、彼から教えてもらうことが出来たぞ!」

「うっ、うん。よっ、良かったね……メスト」



 両手を広げて子どものようにはしゃぐメストに対し、シトリンは少しだけ身を引くと引き攣り笑いで何度も頷いていた。


 全く、そういうところは子どもの頃から変わらないのですね。


 そんな2人の騎士のやり取りを見て一瞬笑みを深めた木こりは、すぐに表情に無に戻すと軽く咳払いをした。



「コホン。それで、平民の私が騎士であるあなた様に回避技を教えることが決まりましたが、どちらで特訓をされますか?」

「そうだね。とりあえず駐屯地……は色々と無理そうだから」



 首を傾げるシトリンに、いつもの仏頂面に戻ったメストが端的に答えた。



「ここでいい」

「「はい??」」



 そう言ってメストが指を差したのは……枯れ葉が敷き詰められた地面だった。





「ここって……この森を特訓の場所にするってこと?」

「あぁ、そうだ。ここなら、広さもあるし特訓をするには丁度いい障害物もあるからな」



 それに、この場所なら余程のことが無い限り邪魔が入ることは無い。


 辺りを見回したメストが近くにあった木を軽く叩くと、呆れ顔のシトリンが小さく溜息をついた。



「まぁ、メストが良いならここでも良いけど……君は?」

「私も騎士様がここで良いなら構いません」



 それに、駐屯地からそこまで離れていないこの森なら、馬で来ることも出来るでしょうし。


 淡々と答える木こりに軽く頷いたメストが、清々しい笑みで頭を下げながら特訓の開始時期を告げた。



「それじゃあ、早速明日からよろしくお願いします!」

「「明日!?」」



 よりにもよって、明日からなの!?


 驚きのあまり声が揃えた木こりとシトリンに、頭を上げたメストは思わず心配そうな表情で木こりに近づいた。



「もしかして、都合が悪かったですか!? 私としては、明日からでも全然問題ないのですが」

「いえ、私の方は別に明日から特訓でも構いません。ですが……」

「都合が悪いのはこっちだよ、メスト」



 大きく溜息をついたシトリンは少しだけ怒りを滲ませた笑みを浮かべると、木こりに弟子入りした親友にゆっくりと詰め寄った。



「あのさぁ、僕たちが一体何のためにここに来ているのか分かっている?」

「そっ、それはもちろん! 騎士全体の戦力向上の為だろ?」

「そうだよね。それなら、明日からも訓練があるって知っているよね?」

「そっ、そうだな……」



 って、どうして俺はいきなりこいつに怒られているんだ? 彼との特訓と騎士団の訓練は関係無い話……はずだよな? 


 目が一切笑っていないまま詰め寄るシトリンに、顔を引き攣らせたメストがゆっくりと後ろに下がっていると、いつの間にか真後ろにあった大木に背中を取られて逃げ場を失った。


 しっ、しまった!


 背中に物が当たるのを感じたメストが珍しく焦ったような表情すると、それを目の前で見ていたシトリンは嫌な笑みを浮かべると逃げ道を塞ぐように大木に両手をついた。



「ヒッ!」

「だったら、明日の訓練を優先すべきなのは隊長なんだから分かるよね?」

「わっ、分かっている! 分かっているからこそ明日からなんだ!」

「それじゃあ、何で明日なのか聞かせてもらおうかな?」



 自分を追い込んだシトリンの体を勢いよく押し出したメストは、大きく息を吐くと至極真面目な顔で目の前にいる人物と目を合わせた。



「騎士としての訓練があること分かっている。だからこそ、俺はそれ以外の時間を彼との特訓の時間に費やしたいんだ」

「それ以外の時間って?……あぁ、言っとくけど、昼食時間は却下だからね」

「分かっている。騎士として飯を抜かすなんて出来るか」


 そうだよね。隊を率いる長がそんなこと出来ないよね。


 小さく笑みを浮かべるシトリンに対し、小さく溜息をついたメストは再び親友と目を合わせた。



「彼との特訓は、1日の訓練が終わった後の1時間か、起床してから朝食時間が始まるまでの1時間だ。それなら、問題無いだろう?」

「まぁ、朝なら問題無いけど……でも、訓練後のメストって、いつも執務室に戻って何かしら書類作業してない? 昨日だって、討伐後に副団長が持っていた書類を手伝っていたよね?」



 昨日、メストがシトリンに『木こりの回避技を身につけたい』と言った後、2人の騎士は副団長から渡された書類を仲良く処理していた。



「それなら、副団長に言えば問題無いはずだ。副団長も『手が空いていたら手伝って欲しい』程度にしか言っていなかったから」

「そうかもしれないけど……そもそも、副団長が組んだ訓練で疲れているのに、木こり君とする元気あるの?」



 確かに、普通の騎士なら訓練後に体を動かすなんて出来ないと思う。私も、王都から帰ってきた後に行う自己鍛錬をたまに忘れちゃうから。


 首を傾げるシトリンの至極真っ当な質問に、木こりが同意するように軽く頷くと、それを聞いたメストは珍しく悪い笑みを浮かべた。



「シトリン、俺が騎士学校で受けたような訓練程度で疲れると思うか? 昨日、書類作業が終わった後に1時間程度自己鍛錬していたぞ」

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