第64話 俺の敵は……
「心配しなくても大丈夫ですよ。俺は、騎士として当然のことをしただけです。騎士が平民に手を上げるのはどう考えてもおかしいことですし、報告を上げた時点で奴らからやっかみを受けることは分かっていましたから」
「別に、心配なんて……」
「分かっています。騎士のことをそこまで良く思っていないあなたが俺のことを心配していないことくらいは」
違う、違うのよ。私だって本当は……
俯いたまま顔を歪ませた木こりが、口にすることが決して許されない胸の内にある本音を必死で隠していると、メストは再び表情を引き締めた。
「それに、騎士の本分はこの国に住んでいる人達を守ることで、俺たち騎士の敵は愚行を働く騎士ではありません」
そう、騎士である俺の敵は愚かな騎士ではない。
無表情でゆっくりと顔を上げた木こりに、騎士らしい凛々しい表情をしたメストが騎士としての本来の敵を口にした。
「我々騎士の敵は、魔物です」
瘴気がある場所に突如として現れ、生きとし生ける全てのものを全て喰らってしまう異形の生物は、理性は無いが人と同じように属性魔法が扱える。
一説では、『不特定多数の人々から出る負の感情が空気と結ばれて瘴気となり、それが生物の魔力と混ざって生まれた』とされているその生物を、人は『魔物』と呼んだ。
その魔物に対抗できる手段は、属性魔法が付与された武器か攻撃系の属性魔法とされている。
しかし、攻撃系の属性魔法の全てが中級魔法以上であるため、初級魔法一回分の魔力しかない持たない平民は撃つことは当然出来ない。
しかも、属性魔法が付与された武器は、どんなに安くても武器一本で平民の平均年収が飛ぶので、毎日の生活だけで必死な平民が持つのは無理に等しい。
つまり、平民にとって魔物は騎士以上に畏怖すべき存在なのだ。
そんな平民達を魔物の脅威から守っているのが、国の秩序を支えている王国騎士団だったり、色んな人達が金稼ぎのために集まる冒険者ギルドだったりする。
「魔物、ですか」
無表情で呟く木こりに、メストは静かに頷いた。
「そうです。俺の……俺たち騎士の敵は魔物なのです。ですから、俺は魔物相手でも通用した君の回避術を教えて欲しいのです!」
深々と頭を下げたメストに言葉を失った木こりは、そっと息を吐くと静かに立ち上がった。
「……あなたのそういうところ、変わっていないんですね」
「ん? また何か言いました?」
恐る恐る頭を上げたメストがそっと真上を見ると、表情を崩さずメストのことを見下ろしていた木こりが小さく咳払いをした。
「コホン。本当は、私が騎士様に勝って『二度と私と関わらないで欲しい』とお願いしたかったのですが……負けてしまいましたから仕方ありません。こんな平民の処世術でよろしければ教えましょう」
「良いのですか!?」
嬉しさで勢い良く立ち上がったメストのキラキラした目に、木こりはほんの少しだけ口元を緩めると小さく頷いた。
「えぇ、それであなたが満足するのなら」
その瞬間、メストの歓喜の雄叫びが静かな森に響き渡った。
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