第63話 私の敵は……

「それは、どうしてでしょうか?」



 真剣な表情から険しい顔をしたメストに、木こりは淡々とした声で答えた。



「それは、私の相手がだからです」

「騎士、ですか?」



 確かに彼は、王都では様々な愚行騎士と渡り合っているが……この前は、魔物相手に善戦していたじゃないか。


 眉間に皺を寄せたまま首を傾げるメストに、小さく溜息をついた木こりは、そのまま視線を木漏れ日が差し込む森に向けた。



「実は、この森は他の場所に比べて魔物が好むとされている瘴気があまり濃くないのです」

「それは、俺たちも一昨日の魔物討伐でこの森に入った瞬間に思いました」

「そうだね。今だって、一昨日張られていなかった結界魔法のお陰もあるかもしれないけど、魔物が現れそうな瘴気の濃さは感じないし」

「……やはり、見えていたんですね」

「ん? 何か言いました?」

「いえ、別に」



 それにしても、俺たちのいた辺境に比べて、この森の瘴気は明らかに薄い。それ故に、この森では魔物はあまり出現しないだろうけれど……


 『人の負の感情が空気に魔力を宿らせた』と言われている瘴気を一昨日の魔物討伐であまり感じなかったことを思い出したメストに対し、改めて森を見渡していたシトリンが、ふとあることに気づいて木こりに視線を戻した。



「それじゃあ、騎士達が訓練でよく使われる駐屯地がこの森の近くにあるのもそれが関係しているのかな?」

「そうかもしれませんね。一昨日みたいにこの森で魔物が出たとしても、どれも弱い魔物ばかりですから、騎士様達の訓練相手にはうってつけなのでしょう」

「確かに」



 それでも、剣や魔法の対抗手段を持っていない平民にとって魔物は脅威だと思うだけど……やっぱり木こり君って普通の平民じゃないよね。

 レイピア一本と透明な魔力で魔物を討伐出来るし、さっきまでメストと一進一退の攻防を繰り広げていたから。


 そんな今更なことを思いつつ、メストの隣で苦笑いを浮かべるシトリンに、木こりは再び小さく溜息をつくと目の前にいる2人の騎士を交互に見た。



「ですので、私の相手は魔物ではなく騎士様なのです。それも、を」

「「っ!?」」



 棘を含んだ木こりの言葉に、メストとシトリンは揃って顔を強張らせた。



「ですから、私のようになるということは、あなた方と同じ騎士様と敵対するってことになるのですよ?」



 騎士であるあなたに、そんな覚悟はある?


 木こりが棘のある言い方で問い質すと、シトリンと共に言葉を無くしていたメストは僅かに唇を噛むとそっと息を吐いて、真っ直ぐ目の前にいる人物のことを見据えた。



「それなら問題無いです」

「どうして、そう言い切れるのですか?」



 無表情のまま首を傾げる木こりに、メストはきっぱりと言った。



「それは、アルジムとリースタを連行した時点で、俺は自分の隊にいる騎士以外に騎士達と敵対しているからです」

「っ!?」



 メストの言葉に今度は木こりが一瞬言葉を無くし、そのままシトリンの方を見ると、真剣な表情で聞いていたシトリンが深く頷いた。


 実は、メストとシトリンがアルジムの報告を上げた後、2人は王都勤めの騎士達から酷いやっかみを受けていた。

 それはとても稚拙なものであったが、リースタの件や2人の騎士の件で報告に上げた時も彼らからやっかみを受けた。

 ちなみに、木こりとの決闘が決まった後、魔物討伐から駐屯地に帰ってきた時に、訓練に参加していた王都勤めの騎士達から2人はやっかみを受けていた。


 それもこれも、全て私に関わってしまったからばかりに……


 2人の現状を聞いて顔を俯かせた木こりが小さく下唇を噛むと、メストは小さく笑みを浮かべた。



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