第62話 何のために身につける?

「あなた様が私の知りうる回避技を身につけたとして、それを何のために使われるのでしょうか?」

「あっ」



 そういえば、彼にそのことを言うのを忘れていた。本当は弟子入りを申し出る時に一緒に言うべきだった。


 木こりと剣を交えられることに珍しく舞い上がっていたメストは、アイスブルーの瞳が大きく見開くと気まずそうに顔を俯かせた。

 そんな彼の態度を見た木こりは、一瞬目を細めた。


 彼が私に『弟子入り』を懇願してきた時、私は『どうして私の知りうる回避技を身につけようと思ったのか?』と率直に思った。

 魔物討伐の時に彼が率先して魔物を葬っていたのを視界の端で見えていたから尚更。



「先ほどの戦いぶりを見る限り、あなた様は私の回避技など不要なくらいの実力を持ち合わせていました。だからこそ気になったのです。どうしてそこまでして、私から回避技を教えて欲しいのか? もし、冷やかし目的でしたら……」

「違う!!!!」



 俺は、そんな軽い気持ちで彼に弟子入りを懇願したんじゃない!!


 『冷やかし目的でしたら、弟子入りはお断りいたします』と言おうとした木こりの言葉を大声で遮って顔を上げたメストの鬼気迫る表情に、木こりとシトリンは思わず息を呑んだ。

 すると、2人の驚いた表情に気づいたメストが途端に申し訳なさそうな顔をすると思い切り頭を下げた。



「あの、突然大きな声を出してしまいすみませんでした」

「いえ、私もあなた様に対して失礼なことを口にするところでした」



 危うく、魔法を一切使わず剣一本で勝負した彼に対して、取り返しのつかないことを言いそうになったわ。


 普段は騎士に対して冷たい態度をとる木こりの突然の謝罪に驚いたメストは、軽く咳払いすると表情を引き締めて再び頭を下げた。



「本当は、決闘が始まる前に弟子入りの理由を言うべきでした」

「構いません。私も審判役の騎士様に言われて思い出しましたから」

「そっ、そうですか……」



 淡々と答える木こりに、メストは少しだけ肩を落とすと気を取り直して真剣な表情で彼と向き合った。



「ですが、私は決して冷やかし目的であなた様の類稀な回避技を身につけたいわけではありません」

「では、身につけてどうしたいのでしょうか?」



 これは、シトリンにも言ったことだが……


 無表情で見てくる木こりから一切目を逸らさなかったメストは理由を口にした。



「俺は、あなた様のような国民を守れる騎士になりたいのです」





「私のように、ですか?」



 どうして、私なの?


 一瞬目を見開いた木こりに、メストは真剣な表情で軽く頷いた。



「そうです。一昨日も言いましたが、俺はリースタの件で初めて、あなた様の敵を翻弄しつつ、周囲にいる人達が被害に遭わないよう立ち回っている姿に一目惚れしました。そして、先の魔物討伐であなた様は、多くの魔物達の猛攻を躱すと同時に致命傷を与えている勇ましい姿を見て、俺もあなた様のように国民を守りたいと強く思ったのです」

「それは……」



 真剣な眼差しで見てくる彼の一言一句に耳を傾けていた木こりは、僅かに頬に熱を感じると僅かに顔を俯かせると強く目を閉じて小さく唇を噛み締めた。


 ダメ、。彼が興味を持ったのは、だから。それだけ、それだけなの。


 そっと目を開いた木こりは、小さく息を吐いていつもの無表情に戻して顔を上げると、いつもより少し冷たい声色で言い放った。



「それでしたら、騎士様は私のようにならない方がよろしいかと」

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