第59話 させない!!
「ハアッ!!」
「っ!」
隙を与えない攻撃をギリギリのところで躱していく木こりに、メストは心の中で驚いていた。
彼の身のこなしは間近で3回見ていたが、こうして実際に対峙して剣を振っていると、彼の回避技が身のこなしだけではないことが良く分かる。
彼は、攻撃だけでなく俺自身の状態から目を離さずに見ていたりや、繰り出される攻撃に対して、どのように回避して距離を取るか一瞬で考えて判断したりしている。
これらは、騎士の求められる最低限のものであり、一朝一夕で身につくものではないから、恐らく彼は日頃からこういったものの鍛錬をしているのだろう。
なるほど、だから王都勤めの騎士は彼に歯が立たないのか。何せ、相手は平民のなりをした騎士みたいなものなのだから。日頃の鍛錬を怠って、平民に暴挙を働いている彼らが勝てるはずがない。
それに、彼の回避技、まるで揺れる木の葉か猫みたいで、手ごたえが全く……あれっ?
珍しく表情を露わにしている木こりにそんなこと思いながら、メストは隙を与えないような剣裁きを矢継ぎ早にしていると、不意に幼い頃の記憶が脳裏に蘇った。
『お前、まるで猫みたいだな』
『フフッ、それはどうも』
これは、俺が幼い時に屋敷の庭で鍛錬していた時の記憶。それで、木剣を持ったまま尻餅をついている俺に、勝気な笑みを浮かべながら木剣の切っ先を向ける少女は……
「銀髪の髪に、淡い緑色の瞳?」
「っ!?」
突然動きを止めたメストから距離を取った木こりは、呆然とした表情の彼が零した言葉が耳に入ってきた途端、驚いた表情が一瞬固まった。
まさか……ダメッ!!
「やらせない、させないわ」
小さく呟いて険しい顔になった木こりは、低い姿勢を取るとそのままメストに向かって一直線で駆けていった。
これ以上、奪わせない!!
駆けた勢いを殺さず思い切り飛び上がった木こりは、動く様子の無い彼の精悍な顔立ちに向かって本気の飛び蹴りをかました。
「うわっ!!」
すると、木こりの飛び蹴りに気づいたメストが、驚いた表情をすると慌てて横に躱した。
「はぁ、もう少しで私の勝ちでしたのに」
メストから飛び蹴りを躱されて華麗に着地した木こりは、立ち上がって手についた土を綺麗に払っていると、背後から焦ったような声が聞えてきた。
「それにしたって、飛び蹴りで終わりは無いだろうが! しかも、顔面に向かって!」
「それは、あなた様が突然動かなくなりましたから、『これは、あなた様なりの降参の仕方』と思いましたので、それで……」
「だからといって、飛び蹴りをするやつがいるかよ」
「いますよ。あなた様の目の前に」
そう言えば、目の前の彼は常日頃悪徳騎士と渡り合あっている人物だった。
そんな彼にとって、突如動かなくなった騎士に飛び蹴りをかますなんて容易なことなんだよな。
手についた土を綺麗にはらい落とした木こりがこちらを振り返って無表情で小首を傾げると、大きくため息をついたメストが乱暴に頭を掻いた。
「まぁ、そもそも俺が突然剣を振るのを止めたからなんだよな。本当に、申し訳なかった」
「良いですよ、そのまま負けを認めていただけるのでしたら」
「悪いが、それは出来ない。俺はまだ戦える」
そういえば俺、あの時に何かを思い出して剣を振るのを止めたのだが……いや、今は目の前のことに集中しよう。
わざわざ約束を取り付けたんだ。このまま終わるわけにはいかない!
自分が何を思い出したのか忘れたメストは、木こりに向かって自分の落ち度を認めると潔く頭を下げた。
そして、ゆっくりと顔を上げると再び剣を構えた。
そう、あなたは今のままでいい……そんな少女の存在なんて忘れて。
一瞬笑みを浮かべた木こりは、表情を無に戻すと静かに構えて相手をしっかり見据えた。
『良いか、対峙した時は絶対に相手から目を逸らすな。どんなに苦しい状況でも、相手を見続けていれば必ず活路は見出せるから』
分かっています、お父様。
「では、行くぞ」
「いつでもどうぞ」
心に刻まれた言葉を胸に、木こりは再び繰り出されたメストの猛攻を躱し始めた。
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