第58話 いざ、手合わせ!

「それは、どういうことだ?」



 木こりの安い挑発にまんまと引っ掛かったメストは、険しい顔で地を這うような低い声を出すと、無表情の木こりと距離を取った。



「申し上げた通りです。近衛騎士のあなた様が私にレイピアを抜けさせる実力がある人物とは思えないのです」

「それはつまり、俺がアルジムやリースタと同程度の騎士だと思っているのか?」

「そうですね。まぁ、ではありますけど」

「くっ!」



 あいつらと同程度とは……随分と嘗められたものだな。


 小さく唇を噛み締めたメストは、目の前にいる人物を睨みつけながら鞘から両手剣を静かに引きに抜いた。


 そう、そうやって私のことを嫌いになって、二度と関わらないで欲しい。そうじゃないと、私は……


 メストの鋭い目線に一瞬笑みを浮かべた木こりは、すぐに表情を無にすると少し離れた場所にいるシトリンに視線を送った。



「あの、そろそろ初めても良いですか?」

「うん。君の安い挑発のお陰で、うちの隊長様がやる気十分になったから始めるね。ルールはさっき言った通りなんだけど、追加ルールとして決闘中は魔力の使用は禁止。使った時点でその人は負けってことで」

「分かりました」

「あぁ、そうしてくれ」



 こちらは、最初から剣一本で挑むつもりだ!


 いつもの表情で前を見据える木こりに、メストは僅かに笑みを浮かべると剣を構えた。



「悪いが、先程の言葉で手加減が出来なくなった」

「良いですよ。それであなたが満足して、私からレイピアを抜けるなら」

「フッ、言ってくれるな」



 陽光差し込む森の中に心地よい風が吹き、木こりとメストは互いに目の前の人物から目を逸らすことも無く静かに姿勢を低くした。

 そんな2人から溢れ出る殺気に、思わず息を呑んだシトリンはゆっくりと両腕を大きく広げた。



「すぐに倒れるなよ」

「そちらこそ、すぐに降参するような真似をしないで下さいね」



 そうじゃなきゃ、ここまで来た時間が無駄になりますから。


 いつものように無表情で相手を見据える木こりと、獲物を狙う野獣のようなぎらついた表情で剣を構えるメスト。

 木こりと騎士の間にほんの僅かな沈黙が流れた瞬間、シトリンの手を叩く音が森に響き渡った。



「それでは、はじめ!!」





「っ!?」



 シトリンが開始の合図を告げた瞬間、大きく踏み込んで前に出たメストが、木こりとの距離を一瞬で詰めると同時に両手剣を振り下ろした。


 はっ、早い!


 彼の流れるような動きに一瞬目を見開いた木こりは、咄嗟に体を横にずらすと振り下ろされた剣を間一髪で躱して、すぐさま距離を取った。



「やりますね。今の攻撃で、あなた様が今まで出会った騎士様達とは段違いで強いことは理解しましたよ」

「それはどうも。そっちこそ、あの初撃を躱すとはさすがだな。それなりに自信があった一撃だったんだが……あぁ、一応言っておくが強化魔法は使ってないから」

「分かっています。あなた様から魔法陣は出ませんでしたから」



 苦笑しながら振り下ろした再び剣を構えるメストに対し、僅かに冷や汗をかいた木こりは静かに彼から更に距離を取った。


 踏み込みからの距離の詰め方、そしてそこから繰り出される無駄を極限に無くした剣裁き。もし、一瞬でも躱すタイミングを見誤っていたら、今の一撃で決着がついていたわ……彼の勝利で。


 メストの無駄のない攻撃に内心舌を巻いた木こりは、彼から更に距離を取ろうと片足を一歩後ろに引こうした……しかし。



「でも、これからは距離なんて取る余裕を無くすくらいに攻撃するからな!」



 木こりが距離を取ろうとしていることに気づいたメストは、すぐさま木こりとの距離を詰めると攻撃を繰り出した。


 くっ、この攻撃も無駄がない。でも、さっきの攻撃である程度掴めたからこれならいけるわ。


 今度はメストの攻撃を余裕で躱した木こりが、再び距離を取ろうと試みた瞬間……



「言ったはずだ、『距離は取らせない』って!」

「っ!?」



 攻撃を躱されたメストがすぐさま体勢を立て直して追撃を入れると、それを皮切りに木こりに一切の隙を与えさせない攻撃を矢継ぎ早に繰り出した。



「フッ! ハッ! ハアッ!!」

「っ!!」



 躱されからの立ち上がりが早いし、そこからの追撃も無駄がない。今まで無駄の多い騎士達の攻撃を難なく躱し続けてきたけど……これが、本物の騎士の実力ってことなの?


 過酷な鍛錬や任務を経て手に入れたメストの洗練された猛攻に、珍しく苦悶の表情を露わにした木こりは、距離を取ることも無く紙一重で躱し続けた。



 そうして暫くの間、辺り一帯には剣を振る音と2人の息遣いが支配していた。

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