第57話 交えるに値しない
「はっ?」
こいつは突然何を言い出したんだ?
再び鋭い目線を向けるメストに、シトリンは笑みを絶やさない。
「だってさ、メストは彼の戦いぶり……特に回避技に一目惚れしたんでしょ?」
「まっ、まぁ……そうだな」
って、改めて言われると物凄く恥ずかしいんだが!
眉間に皺が深くなったメストを見て、シトリンは大人の悪い笑みを深めた。
「でしょ? それなら、彼にメストの攻撃を回避してし続けてもらえば、わざわざ弟子入りしなくても彼の回避技を見れるし、あわよくば自分のものに出来るんじゃないかな? 勝敗の付け方は、木こり君が鞘からレイピアを抜いたらメストの勝ち、メストが少しでも疲れを見せたら木こり君の勝ちってことで」
「納得出来るか!」
そんな公平性が欠けた勝負、騎士として出来るわけがねぇ! それに、俺はお前と違って一目見ただけで誰かの技を自分のものにするなんて無理だ!
怒りを露わにしたメストがシトリンに掴みかかると、今まで黙って聞いていた木こりが静かに口を開いた。
「私は、別に構いませんよ。つまり、私が騎士様から繰り出される攻撃を躱し続けて、騎士様を疲れさせれば、私の勝ちになるってことですよね?」
「そういうこと。君、意外と理解力高いね」
「ありがとうございます」
鼻息荒くしながら掴みかかっているメストから顔を背けたシトリンが茶目っ気たっぷりに褒めると、木こりは一切表情を変えないまま綺麗なお辞儀をした。
すると、木こりの返事を聞いて一気に頭が冷えたメストが掴んでいた手をゆっくり降ろすと、そのまま木こりの方に足を向けた。
「良いのか? 君は攻撃手段を無くした状態で俺からの攻撃をひたすら躱し続けないといけないんだぞ?」
心の底から心配している表情で見つめてきたメストに、木こりは一瞬胸の高鳴りを感じて思わず笑みを零しそうになった。
私がこれまで出会った騎士様なら、私が一方的に不利な条件に対して喜んでいるはずなのに、あなたはそうやって心配してくれるのね……本当、成長しても変わらないんだから。
眉をひそめる彼を懐かしく思った木こりは、口元を強引に引き締めると軽く頷いた。
「良いですよ。剣が使えないからと言って攻撃する手段が無くなったわけではありませんから」
いざとなれば手足を使って攻撃したり、何なら体ごと彼に突進したりしてもいい。
まぁ、私の力で防御魔法の施されている服を着ている彼にダメージを与えられとは思えないけど……それでも、隙を作ったり相打ちに持ち込んだりすることは出来るはず。
「それに」
「それに?」
首を傾げるメストに、木こりは静かに目を閉じた。
そうよ、目の前にいるのは私の知っている彼ではない。今、私の目の前にいるのは、ペトロート王国近衛騎士団に所属している騎士様だ。
そう言い聞かせて、こみ上げてきた温かな気持ちを急速冷凍させた木こりは、そっと目を開けるといつものように感情の一切籠っていない声で煽った。
「恐れながら、今の私には、あなた様が剣を交えるに値する人物には到底思えません」
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