第56話 手合わせの内容

「そういえば、あなた様も来られたのですね」

「えぇ、一応俺、審判役でありメストの抑え役ですから」

「そうでしたね」



 爽やかな笑みを浮かべるシトリンに小さく溜息をつくと、視線をメストに戻した。



「それでは早速、剣を交え……」

「それなんだけど、対決方法を変えても良いかな?」



 一刻も早く決着をつけようと木こりが鞘からレイピアを抜こうとした瞬間、珍しく真剣な表情をしたシトリンが待ったをかけた。

 すると、相対する2人から揃って鋭い視線を向けられ、シトリンは思わず顔を引き攣らせた。


 おおっ、怖っ!



「何ですか? 剣ではなく魔法で対決するのですか? それでしたら、平民の私には不利ですから今日のことは無しに……」

「そういうことじゃないから勝手に早合点して帰らないで。あと、メストもそんな怒らないでよ」

「怒ってない」



 まぁ、僕が待ったをかけてメストが怒るのは分かっていたけど、まさか、普段は騎士に対して冷めた態度をとっている彼が一瞬だけ怒った顔をするなんて……実は彼、意外と喧嘩っ早い?


 無表情のまま顔を背ける木こりと、バツが悪そうな表情で顔を背けたメストに、シトリンが小さく笑みを零すと軽く咳払いをした。



「そもそもの話として、今回、メストが彼と剣を交える約束をしようと思ったのは、メストが彼の戦いぶりに一目惚れしたからなんだよね?」

「あぁ、そうだ」

「それで、あわよくば彼に弟子入りして、メストが特に惚れた彼の洗練された回避技を身につけたいんだよね?」

「そうだな」

「そう、でしたか……」



 剣を交えたい理由は聞いていたけど、まさか、彼が私に弟子入りしたい理由はそんなことだったのね。


 今更といった表情で軽く頷くメストに対し、弟子入りの理由を初めて知った木こりは一瞬難しい顔をすると、表情を無に戻して感嘆を漏らした。

 すると、シトリンが柔和な笑みを浮かべたまま両手を叩いた。



「それだったら、別に剣を交えなくても良くない?」

「えっ?」

「どういうことだ?」



 剣を交えなければ、彼の回避技を直に感じることが出来ないじゃないか。


 一瞬だけ目を見開く木こりをよそに、険しい顔をしたメストが足早にシトリンに詰め寄ろうした……が、その直前にシトリンが突き出した手のひらがメストの足を止めた。



「まぁ、メスト落ち着いて。さっきも彼に似たようなことを言ったけど、僕は今回のことを不意にする魂胆なんて微塵も無いから」

「そんなの当たり前だ!」



 そんなことをされたら、いくら幼馴染で親友のお前でも流石に許さないぞ!


 声を荒げるメストを苦笑いしながら何とか落ち着かせたシトリンは、すぐにいつもの笑みを浮かべると目の前にいる親友と木こりを交互に一瞥した。



「要は、メストは最終的に彼……木こり君の回避技を身につけたいんだよね?」

「あぁ、そうだな」



 俺は、彼のようになりたいから。


 仏頂面で軽く頷いたメストの肩を、シトリンは優しい笑顔で組んだ。



「だったら、直接剣を交えるんじゃなくて、木こり君がレイピアを鞘に収めたままメストの攻撃をひたすら躱し続けてもらうってことでどう?」

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