第55話 約束の日
魔物討伐から2日後、いつものように森から切り出して加工した木材を倉庫に全て運び終えた木こりのもとに、ステインが森の奥から駆けてきた。
「ステイン? 今日のお散歩はもうよかったの?」
木こりの相棒であるステインは、とても賢い馬なのだが好奇心旺盛で、こうして自力で馬小屋から飛び出しては森に入って散歩を楽しんでいる。
森の中には、木こりが施した結界が張られているので魔物と遭遇することは滅多にないのだが、先日のようなことがあるため、ステインには常に辺りを警戒して、気配を感じたらすぐに主の木こりに言うように教えているのだ。
そんな愛馬の散歩を許している木こりは、いつものなら日が落ちる時まで帰ってこない愛馬の早めの帰宅に首を傾げた。
すると、不意に魔物討伐のことを思い出し、一瞬眉を顰めた。
「もしかして、また魔物が出たの?」
いつもなら力が増すとされる日が落ちた時に出没するんだけど……それでも、出たなら急いで魔物が現れた場所に向かわないと、また村に危険が!?
無表情に戻った木こりが自宅にあるレイピアを持ち出すために駆け出そうしたその時、主の表情から考えていることを読み取ったステインが、慌てて主の行く手を阻むと器用に首を横に振った。
「違うの? だとしたら、一体……あっ」
『でしたら、明後日の昼頃にこの場所に来て下さい』
自分から言い出した約束の日時を思い出した木こりは、思わず目を見開くと恐る恐るステインの首を優しく撫でた。
「もしかして、あの方が来たの?」
表情を無に戻して首を傾げる木こりに、ステインはそっと首を縦に振った。
なるほど、それで私のところに来たってわけね。それにしても……
「本当に来たのね」
てっきり、王都にいる騎士様達と同じように、私を騙して王都で偶然再会した時に嘲笑うネタにするのかと思った。
「まぁ、他の騎士達がいる前で決闘じみたことを言った人が、そんなことをするとは思えないけど」
それに、誰にでも紳士なあの人なら、例え、約束した相手が平民だろうが絶対そんなことをしない。
真剣な表情で剣を交える約束したメストのことを一切信じていなかった木こりは、賢くて頼りになる愛馬の毛並みを優しく撫でながら小さく笑みを零した。
「教えてくれてありがとう、ステイン。それじゃあ、今から準備してくるから待っていて」
小さく嘶いたステインに再び笑みを零した木こりは、急いで自宅に戻るとレイピアを腰に携えて外に飛び出した。
そして、その足で馬小屋に向かうと、入口近く置いてある魔道具を兼ねた馬具を手に取り、外で大人しく待っていたステインに付けた。
「よし。行こう、ステイン」
律儀に約束を守ったあの人のもとに。
元気よく嘶いて魔道具を発動させた相棒と共に、木こりはメストとの待ち合わせ場所に向かって一直線に森の中を駆けていった。
「おっ、来たな」
遠くから駆けてくる馬の足音に気づいたメストは、木にもたれかかっていた体をそっと起こした。
すると、森の奥から颯爽と駆けてきたステインが、本日のもう1人の主役である木こりを乗せて、メストと審判役のシトリンの前で立ち止まった。
「お待たせ致しました。まさか、本当にいらっしゃるとは思わなくて」
ステインから降りてきた木こりが、無表情のまま失礼千万な謝罪の言葉を口にすると、それを聞いたメストが思わず苦笑した。
「そうでしたか。まぁ、今までの騎士達の愚行を知っているあなたなら、同じ騎士である俺のことを信じられなくても仕方ありませんね」
「そうですね」
本当は来てほしくなかった。そうしたら、お互いのためになることを知っているから。
一昨日の夜に見た真剣な表情とは違って優しい笑みを浮かべるメストに、木こりはこみ上げて来そうになる気持ちを必死で押し留めていると、彼の着ている服に目がいった。
「ところで、今日はとても身軽な格好をされているのですね。てっきり、鎧を纏って来るかと思っていました」
腰に剣を携えていなければ、いいところの貴族令息にしか見えないから。
普段の鎧姿ではなく、動きやすさを重視しつつも貴族令息らしい気品のある、メストのシンプルな私服に、木こりは再び高鳴る気持ちを心の内で押し殺していると、表情を緩めたメストが自分の服に視線を落として確認した。
「そうですね。本当は、鎧姿の方が実践を意識して剣を交えられるですが、今日は私もシトリンも休暇で、騎士は仕事以外で鎧を持ち出すことを禁じられているのです」
「そうだったのですね」
「はい。それに、一応この服にも防御魔法が施されている服なので、あなた様が着ている服とあまり変わらないと思いますよ」
そう言っていたずらっぽく笑うメストに、木こりは一瞬目を見開くと、顔だけメストから背けて何かを誤魔化すように軽く咳払いをした。
やっぱり、見抜かれていたのね。正確には、服じゃなくてさらしの方だけど……まぁ、服の上からでも防御の効果が出るよう、さらしに付与しているから、彼にはそう見えたのかもしれない。
そんなことを思いながら、木こりは視線をメストから彼の隣にいる人物に移した。
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