第60話 勝敗と異変

「何、これ?」



 森に陽光が差し込み心地良い風が吹く中、メストと同じく動きやすいシンプルな服に身を包んだ審判役のシトリンは、木こりと騎士の一進一退の激しい攻防を啞然した表情のまま目で追っていた。


 騎士団の訓練以上に本気のメストの繰り出す相手に一切隙を与えない剣裁きもすごいけど、それを紙一重で躱し続けている木こり君もすごい。


 額に汗を掻きながら真剣な表情で剣を振るメストに、珍しく苦しい表情を露わにしながら躱す木こり。



「この勝負、どちらが勝ったとしても……」



 僕は、今日のことを忘れることはない。


 そんなことを思っていたシトリンの目の前で状況が動いた。





「フッ! ハッ!!」

「くっ!」



 再び始まったメストの猛攻に、木こりは表情を歪ませつつもどうにかして彼から距離を取ろうと思案を巡らせていた。


 さすがは近衛騎士、長時間剣を振り続けていても一向に衰える気配がないわ。でも、そろそろ決着をつけないと私の体力が……あっ、あの場所なら!


 すぐ近くの樹木が生い茂る場所を一瞥した木こりは、メストとその場所まで引き込もうと攻撃を躱しつつ誘導しようとした。

 しかし……



「よそ見をするな!」

「っ!」



 鋭い剣裁きで木こりの行く手を阻んだメストは、そのまま隙を与えない攻撃を仕掛け続けた。


 チッ、失敗したわ。でも、距離を取らないと体力が……



「ハアッ!!」



 苦悶の表情で体力の限界を感じた木こりがレイピアの鞘に手をかけたその時、メストの件の振りが大きくなり、一瞬だけ隙が出来た。


 よし、これを躱せば一気に彼から距離を取ることが出来るし、そのまま彼を木々の生い茂る場所に引き込めるわ。

 正直、森のことは散歩を日課にしているステインの方が詳しいけど、木々が生い茂る場所なら木を盾にして攻撃を躱しつつ体力を回復することが出来る。

 それに、木々が彼にとっての障害物にもなってくれるから、剣を振っている彼の体力を削ることも出来るはず!


 ほぼゼロ距離で攻撃を躱していた木こりは、メストの大振りの攻撃を躱す一気に彼から教理を取ろうした。

 その瞬間、メストは小さく笑みを浮かべた。


 フッ、かかったな。


 攻撃を躱されたメストが浮かべた不敵な笑みを見逃さなかった木こりは、今の大振りの攻撃が意図的に出したフェイントであると察した。


 マズイ!! このままじゃ……!!



「ハアアッ!!」



 フェイントからの鋭い剣裁きで木こりに攻撃を仕掛けた木こりは、大きく体をのけ反らせて体勢を崩すと、すぐさまレイピアの柄を持った。



 カキン!!!



「「ハァ、ハァ、ハァ……」」



 木々のざわめきと鳥たちのさえずりが響く森で、息を切らした2人はそっと自分の持っている得物に目を向けた。



「どうやら、俺の勝ちだな」

「そう、みたいですね」



 片膝をついて悔しそうな表情をする木こりと、嬉しそうな表情で木こりのことを見下ろすメスト。


 相対する2人の視線の先には、振り下ろされたメストの両手剣を受け止める木こりのレイピアがあった。





「そっ、そこまで! 勝者、メスト!」



 やった、勝ったぞ!!


 シトリンから名前を呼ばれて笑みを深めたメストはゆっくりと剣を降ろした。すると……



「っ!?」



 片膝ついた状態でレイピアを降ろした木こりの悔しそうな表情に、メストは思わず息を呑んだ。


 彼、こんな悔しそうな表情をするのか。


 今まで無表情の木こりしか見たことがなかったメストは、初めて見た木こりの人間らしい表情に更に笑みを深めると、不意に懐かしい記憶が蘇った。



『メスト様! 次は絶対勝ちますからね!!』



 これは確か、幼い頃にダリアと……いや、ダリアは黒髪に茶色の瞳だから、見た目からして記憶の中の少女はダリアではない。

 だとしたら、幼い頃の俺に木刀の切っ先を向けて勝気な笑みを浮かべるは一体……



「うっ!!!」

「メスト!」

「あっ!!」



 記憶の中の少女のことを思い出そうしたその時、突如激しい頭痛に襲われたメストは持っていた剣を落とすと、少しだけ後ろに下がってその場に蹲った。


 !!


 彼の異変を目の前で見ていた木こりは、咄嗟に持っていたレイピアを投げ出すと、すぐさまメストの前にしゃがんだ。


 メスト様!! メスト様!!


 青ざめた表情の木こりが彼の容体を見ようとした瞬間、突然彼の体がゆっくりと木こりの方に傾いた。

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