第53話 申し出の理由

「ねぇ、メスト。どうして、彼と剣を交えようと思ったの? それも、大勢の騎士達が見ている前で。しかも、弟子入り懇願するなんて……幼馴染の僕もさすがに副団長に何て言おうか考えたよ」



 木こりが颯爽と立ち去った後、メストは同じ辺境の王国騎士団から来た他の騎士達からからかわれ、王都勤めの騎士達から冷たい眼差しを向けられ、副団長のグレアからは難しい顔をされながら駐屯地に帰ってきた。

 そして、仕事の続きをしようと執務室に入り自席に着いた途端、後からついてきたシトリンが詰め寄ってきた。



「お前、俺があの時に言ったことを忘れたのか?」

「忘れてないよ。『彼の戦いぶりに一目惚れしたから』でしょ?」

「そうだ」



 あんな戦いぶりを目の前で2回も見れば、騎士として剣を交えようとは思いたくなるだろうが。


 机の上の書類に目を落としたまま返事をするメストに、シトリンは思わず溜息が漏らした。


 どうやら、あの決闘は本気だったみたいだね。でもさ。



「それなら、直接聞けばいいだけの話だから、わざわざ決闘を申し込むようなことをしなくたっていいじゃん」



 普段は柔和な笑みを浮かべるシトリンが、珍しく呆れ顔のままあれこれ言って自席に座ると、向かい側で仕事をしていたメストの手が止まった。


 確かに、こいつの言っていることは間違いない。貴族上がりの騎士が、平民と決闘じみたことをするなんて正気の沙汰ではない。

 あまつさえ、騎士が平民に弟子入りを懇願にするなんて……だが。


 小さく溜息をついたメストは、視線を目の前の書類からシトリンに移した。



「確かに、お前の言う通りだと思う。でも、俺は初めてあいつの身のこなしを目の当たりにした時、一目惚れしたのと同時に『今のままでは、騎士として国民を守ることが出来ない』ということに気づいたんだ」

「どういうこと?」



 不思議そうに首を傾げるシトリンに、メストは机の上で両手を組むと力を込めた。



「今だから言えるが、酒場の前で酔っ払ったリースタが平民に得物を向けていたあの日、俺はリースタの傍若無人な攻撃を易々と躱す彼の動きに思わず見惚れていた」



 ほら、やっぱり見惚れていたじゃん。


 噛みつく勢いで否定していたメストのことを思い出したシトリンは、思わず小さく笑みを零した。

 そんな彼を他所に、メストは仏頂面のまま話を続けた。



「あの時の彼は、容赦なく斧を振るうリースタの攻撃を単に躱すだけでなく、レイピアで攻撃を受け流したり、逆に受けた攻撃を返したりしていた」

「そんなことしていたの? 僕には単に躱していたとしか見えなかったけど」



 平民とは思えない木こりの身のこなしと、それを集まった人々の避難誘導をしながらちゃんと観察していたメストに、シトリンは二重の意味で言葉を失った。



「あぁ、俺にはそれが夜会で優雅にダンスを踊っているように見えた」

「なるほど、それでメストは一目惚れしたってわけね」

「うるさい」



 まぁ、僕もあの時もさっきの魔物討伐の時も少しだけしか見ていないけど、確かに彼の躱し方は、夜会で貴族たちが踊っているダンスのように上品で軽やかなものだったね。

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