第52話 妹、なのか?

「ただいま~」



 魔物討伐から帰ってきた木こりは、ペンダントに血を垂らして結界を森と村に張り直してステインを馬小屋に戻して我が家に戻ると、真っ暗の部屋に明かりを灯し、ベレー帽とアイマスクをローテーブルに乱雑に置いてそのままベッドにダイブした。



「はぁ……疲れた」



 今回の魔物討伐は前に比べればたいしたものじゃなかったけど、魔物の群れが分かれたのは不覚だったわ。


 先程の出来事を思い出した木こりはシーツに向かって盛大な溜息を吐くと、そっと顔を横に向けた。



「それに、あんな約束しなきゃよかった」



『俺と、一対一で剣を交えてくれませんか?』



 月下に言われたメストの言葉に、木こりは酷く悔しい表情をすると真っ白のシーツを強く握りしめた。


 彼と剣を交える約束さえしなければ、のに。





「どうやら、終わったみたいだな」



 全身鈍色の鎧を纏いながら、駐屯地の見張り台から魔物討伐の状況を見守っていた見習い騎士は、兜の中で安堵するように小さく溜息をついた。

 そして、後ろの長椅子でいびきをかきながら寝ていた下級騎士に声をかけた。



「ランドール様、リアスタ村近くの森で確認された魔物は全て討伐されました」

「ん? んんん……おっ、そうか。それなら、そろそろ戻って来られるな」

「そう思われます。森の近くに馬の世話をしながら控えていた留守隊が、帰還の準備を始めていたのを先程確認しましたので」



 眠気まなこで起き上がった下級騎士ランドールは、大きくあくびをするとゆっくりと椅子から立ち上がった。

 そして、外に出ようとすぐ近くにあった扉に手をかけた。



「それじゃあ、俺は魔物討伐に向かわれた騎士の出迎えるための準備をしてくる」

「分かりました」



 淡々と答える見習い騎士に、ランドールは僅かに眉を顰めた。



「いいか、一応俺、貴族出身の騎士だから、お前のような平民出身とは違って出世がかかっているんだ」

「そうですか」



 そんなこと、わざわざ言わなくても知っているし分かっている。


 内心で悪態をつきつつも返事をした見習い騎士に、ランドールは蔑んだ目をしながら指示を出した。



「そういうことだから、お前は俺が戻ってくるまでの間、平民出身故に一生出世が無い見習い騎士らしく見張りを続けろよ。ザール」

「かしこまりました、ランドール様」



 恭しく頭を下げた見習い騎士ザールに、気を良くしたランドールは意気揚々と見張り台から降りた。





「はぁ、やっと行ったか」



 ランドールの後姿が見えなくなると、ザールは大きく溜息をついた。

 そして、辺りに人がいないのを確認すると、普段なら滅多に取ることが無い、見習い騎士に支給される簡素な鈍色の兜をゆっくり外した。


 どうせ、討伐に向かった騎士達に媚びを売るだけだろうし、その頃には自分の仕事なんて忘れているだろうから、ここに戻ってくることは無いだろう。

 なんだか、貴族出身の騎士って悪い意味で忙しいんだな。



「でもまぁ、俺だってヴィルマン侯爵様の使いでなければ、こんなところ来なかったんだが」



『おい、お前! 見習い騎士ならさっさと私の代わりに見張りの仕事をしろ!』

『いや、俺、ヴィルマン侯爵様の使いのザールと言いまして、こちらには近衛騎士副団長グレア・ハースキー様に用が……』

『平民風情がつべこべ言うんじゃない! 私は、貴族出身のランドール様なんだぞ!』



 魔物討伐前、ヴィルマン侯爵の使いとして駐屯地を訪れたザールは、偶然居合わせたランドールに捕まり、そのまま見張りの仕事をさせられていたのだ。


 全く、俺は駐屯地の常駐騎士じゃなくて、ヴィルマン侯爵領の騎士団の騎士なんだけどな……


 体格に見合った横柄な態度をとるランドールに、ザールは悪態をついて深く溜息をついた。

 そうして、ザールは銀色の短い髪を夜風に当てながら、魔石が嵌め込まれた双眼鏡で魔物が出現した森を淡い緑色の瞳で捉えた。


 それにしても、あの規模の魔物を短時間で討伐するとは……さすが王国騎士だな。



「とは言っても、あんな短時間で討伐出来たのは、リアスタ村から来た一人の平民お陰なんだろうけどな」



 そう呟いたザールは、先程見ていた木こりの戦いぶりを思い出し、持っていた双眼鏡に力を込めた。


 あの躱し方、どう見てもで教えていたものだ。

 しかも、身のこなしから日頃から自主的に鍛錬を積んでいるのだろう。

 何より、あの細身の平民が持っていたレイピアに纏わせていた

 あれは、もしかしなくても……



、なのか?」



 貴族令嬢としての一通りの教養や洗練された所作を身につけたのに、実はお茶会よりも鍛錬の方が大好きで、男より男勝りなじゃじゃ馬娘で負けん気が強い、貴族令嬢なのに貴族令嬢らしくないあいつなのか?


 自分と同じ銀髪に淡い緑色の瞳をしたの姿が頭を過ったザールは、思わず下唇を小さく噛んだ。

 そして、森から出てくる騎士達の様子を双眼鏡越しに静かに見守った。

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