第23話 フェビルとグレア

「団長、突然どうされたのですか? あなたのような方が取り乱すなんて」



 メストとシトリンが下がった後、背もたれに体を預けたフェビルにグレアが不審な目を向けた。



「お前、俺のことをどんな風に思っているんだよ?」

「無茶無謀を率先して行い、細かいことは気にしない方ですよね?」

「酷い言い草だな」

「事実ですから」



(まぁ、そのお陰で部下をほとんど失うことなく、魔物の討伐が出来たのですけどね)


 不貞腐れているフェビルに、小さく笑みを零したグレアは鎮静作用が入っている紅茶を出した。



「ですから、これを飲んでいつもの団長に戻って下さい」

「『いつもの団長』って……まぁ、ありがとう。いただく」



 豪快に紅茶を飲んだフェビルに、苦笑を漏らしたグレアは、近くにあった応接用のソファーに腰掛けると自分の分の紅茶を淹れて一息ついた。



「それにしても、『透明な色の魔力』ですか……『屋根伝いに走っている』と聞いたときは、平民には珍しい非属性の強化魔法を使える人物なのかなと思いましたが」

「あぁ、俺も最初はそう思った。だが、奴らの話を聞いた後に改めて報告書を見た時、確かに『透明な色をした魔力』と書いてあった。だから、強化魔法ではないだろう」

「そうですね。王国から認められている非属性魔法は、全て白色の魔力を放ちますから」



 空いたティーカップと報告書を持って向かいのソファーに座ったフェビルは、黙って報告書をグレアに差し出した。

 それを受け取ったグレアは、目にも止まらない速さで報告書に目を通すと深く溜息をついた。



「『屋根が壊れない程度に魔力を放って走っていた』ということは、魔力で自分の足を吹き飛ばすようなこともしなかったというわけですね?」

「そうだな。魔力の加減を間違えると自身の体すら吹き飛ばすから、それだけ魔力のコントロールがされていたということだろう」

「それに、レイピアに魔力を纏わせて魔法を打ち消す……その平民は一体、何者なのでしょう?」

「…………さぁな」



 応接用のローテーブルにあるティーポットで紅茶のお代わりをしたフェビルは、暗い表情で俯くと持っていたティーカップを置く。

 すると、報告書と脇に置いたグレアが真面目な顔で問い質す。



「団長、本当は平民のことを知っているのですよね?」

「だから、それは俺の勘違いで……」

「フェビル団長」



 顔を上げたフェビルに、グレアは眉を顰める。



「私は、あなたの無茶無謀に呆れながらも、部下を死なせず確実に魔物を仕留められるよう冷静に戦況を見極める力と、人を見る目があるあなたのカリスマ性を信じ、腹心として動いてきました」

「グレア……」

「私だけではない。あなたを慕い、あなたを信じ、あなたに命を預けた部下もたくさんいます」

「…………」



『グレア、俺と一緒に王都に来てくれないか?』

『構いませんよ。どうせ、あなたの無茶無謀に応えられる腹心は私しかいないのですから』



 フェビルが王国騎士団長兼近衛騎士団長を拝命する直前、フェビルの誘いにグレアは苦笑しながら引き受けた。

 そんな彼は、目の前で辛そうにしているフェビルを見てられなかった。



「無理に話してくれとは言いません。ですがいつも豪快に笑うあなたがそんな顔をしていては、部下達が心配してしまいます。ですからどうか、知っていることがあれば話してくれませんか?」

「そう、だな」



(本当は話すべきなのだろう。だが……)


 深く溜息をついたフェビルは、心配そうな顔でこちらを見ているグレアに目を向けた。



「すまん、今は『俺の勘違い』ということで忘れて欲しい」

「……かしこまりました。それが、団長のご決断だというのならば」



(すまんな、グレア。だが、腹心であるお前を……俺を信じてついてきてくれる部下達を守りたいんだ)


 悔しそうに下唇を噛むグレアに、フェビルは組んだ両手に力を入れた。

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