第24話 呼び出し

「フッ! ハッ!」



 メストとシトリンから報告を受けた翌日、誰もいない早朝の訓練場で、フェビルは得物である大剣を振って鍛錬をしていた。


(まさか、さんが例の平民だったとは)


 王国騎士団長兼近衛騎士団長を拝命する直前、フェビルは騎士に楯突く平民のことを少しだけ知っていた。

 だが、前団長からの引継ぎと多さで忙しくなったフェビルは、部下からの報告を受けるまでそのことをすっかり忘れていた。


(正直、俄かには信じがたいことだが……あの娘さんならやりかねないな)



「ハアッ!!」



 随分前に見た少女の顔が頭に浮かんだフェビルは、小さく笑みを零すと見えない敵に大剣を大きく振り下ろした。

 すると、訓練場の入口に銀縁の眼鏡をかけた文官らしき男が現れる。



「団長、そろそろ今日の謁見についての打ち合わせをしたので、汗を流してきてもらえますか?」

「へいへい、それなら汗を流して、飯を食った後にしてくれねぇか? 腹を満たさないと小難しい話を理解出来ないからな」

「おや、朝ご飯がまだでしたか?」

「当たり前だろ、飯食った後に鍛錬したら吐くぞ」



 フェビルの言葉に苦笑したグレアは、銀縁の眼鏡を上げるとフェビルに背を向けた。



「でしたら、先に団長の執務室でお待ちしておりますね」

「あぁ、そうしてくれ」




「……という流れなのですが、団長、本当によろしいのですか?」

「何が?」



 今日の謁見について一通りの説明したグレアは、眉を顰めているフェビルに問い質す。



「例の平民について、陛下に報告しなくてもいいのかということです」

「あぁ、それか。それなら昨日、『謁見の間に来い』という通達が来た後に話した通りだ」



 フェビルとグレアに気まずい沈黙が流れた刹那、ノックもなしにいきなり入ってきた文官が、フェビルに対して『明日、謁見の間に来るように』という通達をしたのだ。

 一瞬驚いたフェビルは、すぐさま思考を巡らせるとグレアに根回しをするように指示。

 そして、平民について陛下には言わない決断をしたのだ。



「報告書にも書いてあったが、その平民が他国から来た人物で、下手したら有力貴族かもしれない。そうなれば、下手したら国際問題に発展するかもしれん」

「だから、平民のことを伏せた上でリースタの件を陛下に報告するというのですか?」

「そういうことだ。不確定要素が多すぎることを、陛下の耳に届けるわけにはいかない」



 ちなみに、アルジムの件を国王に報告した際、『アルジム』の名前を出した瞬間に、宰相が横から口を出してきたので、木こりについてフェビルの口から話していない。


(それに、平民のことを話した場合、が行動を起こしかねない。それだけは、何としても避けなくては)



「ところで、根回しは済んでいるんだろうな?」

「えぇ、今度は時間がたっぷりありましたから、十分根回しを済ませております」



(さすが、俺の腹心だな)


 悪い笑みを浮かべるグレアに、フェビルがニヤリと口角を上げた瞬間、突然ドアが開かれた。



「騎士団長フェビル・シュタールはいるな?」

「お前は、昨日の文官だな。全く、少しはノックをするくらいの礼儀を……」

「フン、騎士如きに礼儀など必要ない」

「っ!!」



 殺気を放つグレアを即座に押しとどめたフェビルは、恐怖で引き攣った顔をする文官に目を向ける。



「それで、朝っぱらから何の用だ?」

「きょっ、今日の謁見についての通達だ! 今から4時間後に謁見の間に来るように!」

「そうか。それなら『了解』と返事をしてくれ」

「フン、そうやって貴族である俺に対して偉そうに……ヒッ!」



 再び殺気を放ったグレアに怖気づいた文官は、逃げるように執務室を出た。



「ったく、俺も一応、辺境伯の次男だから貴族なんだけどなぁ……あの感じだと、宰相の使い捨て駒か?」

「えぇ、それにしてはかなり質の悪い駒ですが」



 嵐のように出て去った文官に、フェビルとグレアは揃って深いため息をついた。



「……とりあえず、昼飯の後に正装に着替えだな。前回、鎧で行ったら宰相からこっぴどく怒られたから」

「そう言えば、そうでしたね」

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