エピローグ

 意識が元に戻ったロゼルスは、ミオを縛っていた紐を解いた。

 ルクス・リアを拘束していた触手も消え去っていた。

 

「リア、大丈夫だったかい?」


 魔剣から人間の姿に戻ったリアに僕は話しかけた。


「うん、だいじょうぶ。ハル、ありがと」

 

 あの赤い花びらによって正気を失っていた乗組員達は、ロゼルスが意識を取り戻したと同時に正気に戻っていた。

 

 ウルは……フェオの手の中にあった。

 

 フェオはその手に、小さな魔晶石を持っていた。


「フェオ、話せば分かる……同じ魔族だろう、頼むから見逃してくれないか……」


「だめ。おまえはこのまま魔界につれてかえる。おとうさまに、うんとしかられるといい」


 ウルの声が頭の中に響いていたけど、徐々にその声は小さくなっていって、やがて聞こえなくなった」

 

「ハル、ウルをつれてまかいに帰る。ここでおわかれ」


「フェオ、ありがとう。また店に遊びに来てよ」


「うん。わかった、またいく」


 フェオは軽く微笑むと、空中に穴を開けてその中に消えて行った。

 

 僕たちの乗る飛空挺は、アンスールの飛空艇に連れられて再びウィザリス王宮に戻って行った。

 

 ロゼルスの事は、表立って公開されなかった。

 僕らは口外しないでくれと頼まれて、王様にはたくさん報酬を貰った。

 この報酬には、口止め料の意味もあるのかもしれない。

 

 ロゼルスとアルビ・リリィは、僕らが引く位の謝り方で謝ってくれたけど、実際はウルがやった事なので、誰も彼を責めはしなかった。

 

 その後ロゼルスは予定通りに公務をこなして、ルクネリアに帰って行った。


 帰る前にロゼルスはミオと二人で長い時間話していたけど、何を話していたのかはわからない。

 

 ミオが戻って来た時、僕は何も聞かない事にした。

 僕の知らない、二人だけの話に割ってりたいとは思わなかった。

 

 僕とミオは再びリトルテルースに戻ってきた。

 そしてバー『トレボーン』を再開した。

 

 僕たちは、それからも店を続けながら冒険を続けていた。

 

 ワタルさんとカエデさんとも、よく一緒に戦った。

 フェオも時々会いに来てくれた。

 

 

 何年か後、僕とミオは結婚した。

 

 ミオは僕が思っていたよりずっとお嬢さんだったらしくて、結婚式はとても大きなホールで行われた。

 ウィザリスとルクネリアの偉い人たちがたくさんやってきて、その中にはあのロゼルス卿もいた。

 ロゼルス卿は笑顔で僕たちの結婚を祝ってくれた。

 

 この時ばかりは、知らせを聞いてリュウさんも北方前線から戻ってきてくれた。

 リュウさんと同じく、前線で戦っていたリュウさんの奥さんも前線から帰ってきて、僕とミオを祝ってくれた。

 

 リュウさんと僕は店を貸切にして、夜明けまで語り合った。

 リュウさんの語る北方前線の話は、とても壮絶だった。

 たとえ僕たちが加勢に行っても、足手纏いになるだけだ。


 結局僕らは、この店を守りながら、この付近にいるモンスターを倒すので精一杯だとわかった。

 でもリュウさんは、ハルとミオがこの店を守ってくれる。

 帰る場所があるから、俺たちは頑張れるんだ、だからこれからもこの店を守って欲しい……と言ってくれた。

 

 そして短い休息を終えると、リュウさんとリュウさんの奥さんは、再び北方前線へと旅立って行った。

 

 翌年、僕とミオに子供が生まれた。

 女の子だった。

 

 僕らは、子供にモカと名前を付けた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 モカが生まれてから、もう十七年が過ぎた。

 

 モカが生まれてからミオは子育てに専念する事になり、僕はこの店のオーナーになった。

 モカが大きくなってから、ミオはカフェを再開して、『トレボーン』は再び、昼はミオのカフェ、夜は僕のバーとして営業していた。

 

 最近では、モカも昼のカフェを手伝うようになって、お客さんの注文を一生懸命聞いたり、料理を運んだり、テーブルを拭いたり、皿を洗ったりしてくれるようになった。


 『トレボーン』は順調に繁盛していて、僕は四十を超えて今やすっかり、冒険に出る事は無くなった。

 

 今でも、バーに来るお客さんは冒険者の人が多かった。

 自分では冒険しなくなっていても、彼らの冒険譚を聞くのが僕の楽しみの一つだった。

 

 魔剣ルクス・リアはなぜか、モカの成長に合わせるように姿を変えて行った。

 本来魔剣達は年を取らないそうだけど、ウィルドとハガルの魂が宿ったルクス・リアは特別なのかもしれない。

 小さかったリアも今や、人間モードはすっかり年頃のお姉さんだ。

 

 僕が冒険に出なくなって、リアの活躍する機会が無くなってしまった、

 他の冒険者の所に行くかい?と聞いたけどリアは、ここでいいと言ってくれた。

 リアは時々モカが街の外にお使いに出る時、護衛として一緒について行ってくれた。

 それ以外は、店で僕と一緒にお客さんの相手をしている。

 時々酔っ払ったお客さんがリアに触ろうとすると、リアは魔剣に返信して脅かしていた。

 

 僕らは慎ましくも幸せな生活を送っていた。

 

 ある日、僕は夜の営業を終えてから帰宅して寝床に着き、起きてから店に出かけた。

 店は昼のカフェ営業中。

 ミオとモカが慌ただしく働いている。

 そんな様子を空いた客席に座って眺めていた。

 

 やがてカフェ営業の時間が終わり、店はバー営業の時間まで一旦締める事になった。

 いつものルーティーンだ。

 僕らとリアは家族で一緒にご飯を食べていた。

 この後、僕とリアはバーの営業に向けて準備するんだ。

 

 食事が無事に並んで、さあ食べようと言う所で、モカが突然、話を聞いて欲しいと言った。

 

 どうしたの?と僕が聞くと、モカとミオは顔を見合わせて頷いた。

 そして、意を決したように話しだした。

 

「あたし、この店を……ううん、この家を出る事にした」


「……ど、どうしてまた急に」

 

「王都に行きたいの。王都に行って、なりたいものがあるの」


「なりたいもの?」


「うん。あたし、バリスタになりたい」


 バーテンによく似ているけど、お酒を提供する専門家であるバーテンと違って、カフェを中心に提供する専門家……それがバリスタだった。

 最近、王都で人気があるらしい。

 

「ママにはもう、相談したんだね」


「うん、ママも子供の頃に家を出てるんでしょ。あたしも、そうする」


「そうか、ミオ、いいんだね」


「いいわ。好きにやらせましょ。でも、リアとは離れちゃだめよ。王都だって、悪い大人がたくさんいるんだから」


「わかってる。リア、一緒にいこ」


「仕方ないわね……」



 バーテンダーだった僕の娘は、王都にバリスタ修行に出かけて行った。

 僕らの冒険はもう終わってしまったけど、モカにはこれから、新たな冒険が待っているのだ。


 そして、それはまた別の話だ。

 機会があったら、その話もしようと思う。

 だけど、僕らの話は一旦、ここで締めるとしよう。


 僕ばっかり話してしまったから、次はお客さんの話を聞かせてもらいたいね。

 お客さんはこれまで、どんな冒険をしてきたんだい?

 まだ夜は長いから、じっくりと聞かせてもらいたいな。

 

 

 バーテンダーの僕は週末、冒険者になる。


 ——了——

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ゆるふわ異世界バーテンダー〜バーテンダーの僕は週末、冒険者になる〜 海猫ほたる @ykohyama

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